相次ぐ駐車場の二酸化炭素消火設備誤作動死亡事故:誰のための消火設備か? --- 牧 功三

2021年02月19日 06:01

誰のための消火設備か?

昨年12月に名古屋のホテル地下駐車場の全域放出型二酸化炭素消火設備が作動して死傷者11名を出す事故が発生した。先月、東京でも同様の事故が発生し2名の死者が発生している。

全域放出型二酸化炭素消火設備による死傷者は過去にも発生しているが、その多くは駐車場で発生している。乳幼児、高齢者、身障者、病弱者が立ち入る可能性がある場所に何でこんな危険な設備が設置されているのか疑問に思われた方も多いのではないだろうか。

実は駐車場に全域放出型ガス消火設備を設置しているのは筆者が知るかぎり日本だけである。日本以外のほぼ全ての国で駐車場の自動消火設備には水を使用したスプリンクラーが設置されている。

名古屋 1人死亡の煙充満事故 NHKより

全域放出型二酸化炭素消火設備とは?

この設備は、液体として貯蔵された二酸化炭素を放出することによって防火対象となる空間の酸素濃度を下げ、空間の気化熱を奪うことで温度を下げ、燃焼の継続を困難にして消火するという仕組となっている。この設備が設置されるのは主に電気室やIT室など消火に水を使用したくない(できない)場所である。問題は高濃度の二酸化炭素が人体に有害なことであり、濃度20%以上で人は死に至るとされている。

防火において世界的に有名なNFPA(全米防火協会)は二酸化炭素消火設備に関する基準としてNFPA12を発行しているが、事故防止のための安全対策の中に、放出された二酸化炭素が防火対象空間の外に流れて溜まってしまう可能性、二酸化炭素が放出されて危険な空間に人が取り残されてしまう可能性、人が中に入ってしまう可能性を考慮しなくてはならないとある。これらを踏まえると、この設備を駐車場に設置することについて疑問を持たざるをえない。

油火災の消火に水は不適か?

油が燃えている際に水をかけると水の上に油が浮いてむしろ火災を広げてしまう、よって消火に水は適さない。これは世界共通の防火の常識である。ただし油火災と一口に言っても、油の種類、量、形態、周囲の状況によって扱いが異なる。駐車場においては車が0.5 m くらいの間隔で駐車され、個々の車の燃料タンクにはガソリンかディーゼル油が最大120リットル程度充填されている。ガソリンについては揮発性が非常に高く(引火点-40℃)、漏洩して引火した際はすぐに揮発して燃えてしまうので水が火災を広げてしまうことは非常に考えにくい。

ディーゼル油(引火点45℃以上)についてもこの程度の量であれば水の使用が消火の妨げになることは考えにくい。また車の車体および内装にはプラスチクスやゴムなど多くの可燃物が使われており火災の際に燃えるのは燃料だけではない。世界中のほぼ全ての国で駐車場の自動消火設備としてはスプリンクラーを設置しているが、水を使用したために問題があったという話を筆者は聞いたことがない。スプリンクラーは消火設備としての有効性が高く、設置費用が安く(海外では公設の水道管に直接接続できるため安く設置できる)、設備点検・管理も容易である。

また放出されるのは常温の水なので人体に害はなく、道路など周囲の環境に影響を与えるリスクも低い。日本では油火災の消火に水は不適という考えで、駐車場には今回の事故の原因となった全域放出型ガス消火設備に加えて泡消火設備を設置してきたが、泡消火設備も誤作動により周囲の道路などを泡まみれにする事故を過去に何度か起こしており、近年では泡消火剤に発がん性が疑われる物質が含まれていることが問題となっている。

アメリカの駐車場における防火

NFPAは駐車場の防火に関する基準としてNFPA 88Aを出している。この基準は1927年に発行されているが1932年に改訂された時点でスプリンクラー設置の要求が加えられている。アメリカでは実際の火災において自動消火設備がどのくらい有効に機能したかを全国規模で検証している。

また保険会社も経済的損害防止の観点から消火設備の有効性を検証している。さらにNFPAの基準に何か問題があれば誰でも改正案を出せることになっている。筆者が調べたかぎり、防火対策の有効性を厳しく検証するアメリカにおいて、駐車場の消火に水を使うことについて現在に至るまで問題となった形跡はない。

NFPAが隔月で発行しているNFPA Journal (Mar/Apr 2019)によると、駐車場の防火における現在の懸念は車の可燃性である。最近の車には燃費向上のための車体の軽量化を目的として多量のプラスチクスが使用されている。車の体積の約50%が既にプラスチクスであり、平均的な車1台当たりのプラスチクス使用量は2014年の200 kgから2020年には350 kgになるとしている。これに伴って駐車場におけるスプリンクラーの水量(散水密度および散水面積)を上げるべきとの指摘がされている。

イギリスの火災試験および火災統計

イギリスのコミュニティ・地方自治省が2007~2009年にかけて駐車場を模した6 × 12 mのスペースに3台の車を並べた状態で火災試験を行っており、その結果が報告書(Fire spread in car parks – BD2552)として出されている。この中でスプリンクラーは車両から車両への延焼を防ぐのに有効であったとしている。試験結果の一部を簡単に説明すると以下のとおりである。

① スプリンクラーなしで小型~中型車。1台目に着火後、2台目に延焼するまで20分、2台目から3台目に延焼するまで1分(計21分)- ここで試験終了

② スプリンクラーありで小型~中型車。1台目に着火後、4分後にスプリンクラーが作動、2台目と3台目には延焼せず1時間後に鎮火

③ スプリンクラーなしで中型~大型車。1台目に着火後、2台目に延焼するまで9分、2台目から3台目に延焼するまで1分(計10分)- ここで試験終了

またBusiness Sprinkler Alliance (BSA)という組織のウェブサイトでイギリスにおける駐車場火災の統計に関する紹介がある。スプリンクラーが設置されている駐車場において1994~2005年に162件の火災が発生しスプリンクラーによって99%の火災を制御あるいは鎮火している。スプリンクラーが作動したにも関わらず制御あるいは消火できなかったのはわずか1%であったとのことである。

イギリスで駐車場を模した状態で火災試験 (Fire spread in car parks BD2552)

日本の行政は説明責任を果たすべき

他国の例をみても、駐車場の消火設備としてはスプリンクラーが有効であり、人体に対して安全であり、環境にも優しい。最適な選択であることは明らかである。これを否定するのであれば、日本の行政は科学的根拠を示して説明するべきではないだろうか。日本でも1960年以前はNFPAが認められNFPAのスプリンクラーが使われていたが、1960年代に消防検定協会が設立されて以降、不可解な理由でNFPAは使われなくなっている。

以降は行政と設備業界が結託して、法規制を根拠として設備工事、検査(点検)、資格、講習などで関係者が利益を得ることを第一の目的とした「消防規制ビジネス」が横行している。筆者は、駐車場に全域放出型ガス消火設備や泡消火設備を設置するようになったのも、より利益を得られる設備、より点検・検査に手間がかかる(つまり費用がかかる)設備を普及させようとしてきた結果なのではないかと考えている。

牧 功三(まき・こうぞう)
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者

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