社会からパワハラが減ったことによる副作用

黒坂岳央です。

筆者は家族経営の企業、ベンチャーから東証一部上場企業まで幅広い会社で働いてきた。キャリアの中で今なら完全にパワハラに抵触するようなキツイ指導を幾度となく受けた経験がある。だが、その時は辛くてもおかげで随分と成長させてもらったと思っており、当時の上司には心から感謝をしている。

最近、知人の社長から言われた話で記憶に残ったものがある。それは「上司がパワハラを恐れて部下を叱れず、部下は失敗しても何も言われないことに戸惑いを感じており対応に困っている」というものだった。

BBuilder/iStock

パワハラに抵触しない指導の難しさ

部下がとんでもないミスをやらかしたとなれば、上司の立場からすると文句の一つも言いたくなるだろう。筆者は声を荒げて叱ることはしない質だが、感情を持った人間である以上、誰しも瞬間的にそういう気持ちになることはよく理解できる。

だが「絶対にパワハラに抵触しないで部下を成長へと導く指導をする」というのは想像以上に難しい。「ではお手本を見せてください」と言われて完璧にできる人は相当少ないのではないだろうか。

部下からの逆襲を恐れてヘラヘラ笑って「次は気を付けてね」といえばパワハラにはならなくとも、相手には全く響かない。かといって「なぜそんなことになったんだ」と少し語気を強めると、相手は萎縮してもうパワハラ認定される。これでは部下の指導はかなり難しいだろう。上司といえども神様ではなく、普通の人間に過ぎないのだ。

正直、今の時代に上司になる人はかなり大変だろうと気の毒に思う。筆者はパワハラ行為をされてきたが、自分からしたことが一度もないし、相手の心を痛めつけるパワハラは憎むべき行為であると思う。だが瞬間的に感情が出るのさえNGとなるなら、もはや誰も管理職のなり手がいなくなってしまうだろう。そうなれば企業の労働生産性にも影響してしまう。

過剰なパワハラ取り締まりの末路

このままパワハラ行為の取り締まりの強度が高まっていくとどうなるだろうか?それは考えたくもない恐ろしい未来である。結論、上司は部下を「戦略的放置」をする(「完全放置」ではない)。

どの会社でも仕事ができない人はどうしてもいる。自分自身がその立場に置かれた経験があるのでよく分かる。同じ会社、同じ部署でも、仕事内容が変わるだけでエースにもポンコツにもなるので、適材適所の問題は確実にある。

パワハラを恐れた上司が部下の積極育成を諦め、何度説明しても本人の自助努力で改善が見られない、仕事を頼んでもかえって業務量が増えてしまう場合は「戦力外扱い」になる。今どき、個室に閉じ込めるような真似をすればパワハラで訴えられる。そのため、重要な仕事は任せない、単純でスキルが成長しない仕事ばかりをさせられるというのが戦略的放置だ。

本人には何が問題だったかを知らされることはない。二度と改善も成長もチャンスがない。一度、戦力外扱いになるとその会社での本人のキャリアは終わりである。理由を教えてもらえず、フィードバックもないので自分自身で気づくことはかなり難しい。数年後、年齢相応のビジネススキルがなく、年だけ取った人材が残るだけだ。そんな状態ではいい転職もできない。

このようなホラー映画より恐ろしい労働市場での処方箋は「自分は仕事を通じて成長したいので、間違っている箇所があったらビシッと指摘と指導をお願いします。一日も早く戦力なれるように努力します」くらいに前向きな姿勢を上司に見せておくことで、相手に安心感を与えておきたいところだ。もはやそのくらいやらないと、受け身の姿勢では上司から仕事を教わることは期待できない世の中になっている。

大きなミスをした時には、多少厳しく言われても、だめな仕事にはNGとハッキリフィードバックを貰った方がマシに思えるのは筆者だけではないはずだ。パワハラを禁止したことで一見、平和になったがその実、水面下で恐ろしい事が起きている。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。