「そもそも2条の『公益通報』じゃねぇよ」と言われた裁判例:兵庫県知事問題に見るマスメディアの言動の誤解

頓珍漢な議論が多い

「そもそも2条の『公益通報』じゃねぇよ」と言われた裁判例

そもそも2条の『公益通報』には当たらない」と言われている裁判例を見つけてきたので紹介します。兵庫県の斎藤知事に関する告発文書の件があったせいもあって誤解が振り撒かれているのですが、公益通報者保護法上の「通報」に該当するためのハードルは、それなりに高いです。

「真実相当性」の話は、「公益通報」に該当するとした上で、3条や6条による不利益取り扱いからの保護を受けるための要件を充足しているかどうかの話であって、2条の「公益通報」でないなら、3条の話になりません。

○裁判例一覧表(令和4年度 公益通報等に関する裁判例の収集・分析業務)

東京地裁平成29年9月19日判決 平成28年(ワ)第11985号

https://www.oike-law.gr.jp/wp-content/uploads/OL55-04_chaki.pdf

東京地裁平成29年9月19日判決平成28年(ワ)第11985号

2 本件解雇が公益通報者保護法3条所定の解雇に該当するか否か

まず、原告が公益通報者保護法2条所定の「公益通報」をしたといえるかについて検討する。

~省略~

第2に、原告は、平成26年10月から12月までの間、及び平成27年7月22日に、被告の本店、トレーディングセンター及び当時の被告社長宅に情報提供様式、E支店長の名刺、あるいは仮計算表をFAX送信した点が公益通報である旨主張する。

しかし、原告が被告側にFAX送信した書類を見ると、金商法違反の指摘を全くせずに単に情報提供様式の一部にE支店長の名刺の一部や仮計算表の一部を無造作に重ね合わせ、文章や文字が途切れているもの(乙1,2)、「違法な証券勧誘」又は「違法勧誘行為」という文言の記入はあるものの、誰が何をしているのか指摘する文言のない仮計算表(乙3ないし5)、情報提供様式に「支店長であるE氏の違法勧誘。金融商品取引法違反」の文字を記入してこれにE支店長の名刺と仮計算表を添付しているが、何が行われているのか指摘する文言のないもの(乙6)、誰が何をしているのか全く指摘のない仮計算表(乙7)である。いずれの書類も、金商法違反の具体的事実の記載が全くないどころか、仮計算表を顧客に示して使用している旨の説明など、金商法違反の事実を推知するための情報さえ記載されていないため、どのような金商法違反の事実が行われ又は行われようとしているのかを伝えるものではない。したがって、「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を通報する」とは認められない。

平成26年10月から12月までの間の匿名でのFAX送信については以下認定されています。

 ア 平成26年10月31日

情報提供様式の一部と仮計算表の一部を重ね合わせた書面(乙2)

イ 平成26年11月24日

仮計算表の脇に、「御社のコンプライアンスの知識、社会貢献に対する意識が著しく欠如している人物が、現在も違法な証券勧誘を行っており、御社と弊社で取引のあるお客様が、間違った投資情報から弊社との取引を控えるという許容できない状況になっております。証券業協会には、その旨、お伝えさせていただいて」との文言が記載されている書面(乙3)

ウ 平成26年11月25日

仮計算表の脇に、「以前も警告の意味を含めFAXさせていただきましたが、御社のコンプライアンスの知識、社会貢献に対する意識が著しく欠如している人物が、現在も違法な証券勧誘を行っており、御社と弊社で取引のあるお客様が、間違った投資情報から弊社との取引を控えるという許容できない状況になっております。証券業協会には、その旨、お伝えさせていただいて」との文言が記載されている書面(乙4)

エ 平成26年11月27日

仮計算表の脇に、「このような資料を使い違法勧誘行為を行っている人物をしっかり指導いだだき、お客様にその旨説明させてください」との文言が記載され、「いちよし証券」の名称が鏡文字で記されている書面(乙5)

オ 平成26年12月11日

情報提供様式に「支店長であるE氏の違法勧誘。金融商品取引法違反」を記入し通報者の属性を示す欄には「82歳」、「O区P」等が記載した書面、これにE支店長の名刺及び仮計算表を添付(乙6)

バラバラに送信されていますが、これらをE支店長に対する記述であると一体的に解しても、そもそも「通報」とは言えない、と判断されたわけです。

さらに、「不正の目的」の観点からも、原告がE支店長が仮計算表を顧客に渡しているのを現認しているわけではないことや、仮計算表の作成を止めた後も原告が仮計算表のFAX送信をしていることなどから、E支店長への嫌がらせ目的が推認できるとして「不正の目的でなく」とは言い難い、と判断し、「以上から、原告による公益通報は存在しない」と締めています。

これはFAX送信者を特定して問い詰めてFAX送信をも解雇通知の理由にしていたものですが、権利濫用の主張も退けられています。当然、「公益通報」ではないので、「探索禁止」という話にはなり得ません。

東京高等裁判所平成29年6月7日判決 平成29年(ネ)第168号

東京高等裁判所平成29年6月7日判決 平成29年(ネ)第168号

第3 当裁判所の判断

~省略~

5 控訴人の当審における補充的主張について

前記認定のとおり、控訴人が、G監事及びM監事に対し、平成24年9月24日付けの「ご相談事項」と題する書面を郵送し、同年10月11日、G監事と面談した際、I常務理事とJのタクシーチケットの不正使用の件に関する調査、JとLの東日本大震災時の暴行、器物損壊の件についてのさらなる処分を求めたことが認められるが、これらは、控訴人からの情報提供にとどまり、公益通報者保護法にいうところの公益通報にも公益通報者にも当たらない。

よって、上記理由をもって、本件配転命令が権利濫用に該当する余地はない。

タクシーチケットの件は業務上横領罪だとして検察に刑事告発もされますが、嫌疑不十分での不起訴処分となっています。暴行については社内で処分を受けたがその1年後に昇格している、といった事情が書かれています。

また、G監事が、控訴人による常務らの経費の無駄使いの指摘を受けて、総務部長に経費使用データを作成し報告させ、その結果、「会合時間の長さ(結果的にタクシー使用の回数増加)が目立つ者もおり、健康管理の観点からも是正する必要があったなどと指摘した。そして被控訴人においては、同年度上記幹事監査において、当会幹事より、会議費・交際費・旅費交通費の使途が適切であるか否かの指摘、調査要請があり、調査検討を行い、会議・交際費にかかる規定及び旅費交通費にかかる規定を改正することなどを通知した。」という展開があったことが判決文に記述されています。

業務改善に繋がる申し出であったとしても、それが「公益通報」としての「通報」要件を充たすのか否かは、全く別問題だということが分かります。

なお、判決文を読む限り、配置転換命令の理由にタクシーチケットの不正利用の主張をしたことが含まれていたということは書かれていないために判然としません。控訴人から「公益通報をしたから配置転換は不利益取り扱いで無効だ」という主張を控訴審になって突然行ってきたようです。

通報が「公益通報」に該当するか判断できる程度に、その後の調査や是正等が実施できる程度に具体的な事実を知らせる必要

公益通報者保護法2条の「通報」となるには「一定の事実の通知があれば足りる」と解説されます。しかし…

公益通報ハンドブック】にある公益通報ガイドラインでは、「通報が「公益通報」に該当するか否か判断できる程度に、またその後の調査や是正等が実施できる程度に具体的な事実を知らせる必要がある」と書かれています。

消費者庁の逐条解説でも「事業者名、通報対象事実と疑われる行為の内容、当該行為の実行者名などの具体的事実を示して行われる場合には、「通報」に当たり得ると考えられ」とあるように、「具体的事実」が必ず求められます。

そうでなければ2条の「通報」要件を充たさず、そもそも「公益通報」ではないため、3条や6条の不利益取り扱いを無効にする効果は発生しませんし、その効果を発生させるための外部通報の場合の「真実相当性」の話にもなりません。

「記述されている内容がある程度真実か否か」は、公益通報者保護法の外の話として論じられるにとどまり、法的な話とは別次元です。

兵庫県知事問題に見るマスメディアや斎藤知事の支持者不支持者を問わず、この辺りが無視され誤解された主張が席巻しているのが現状で、【法律の条文から理解する】という作法が求められます。

斎藤知事 同知事SNSより


編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。