後退する日本:ガソリン暫定税率廃止が意味すること --- 小山 正篤

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燃料油価格補助金は当初2022年1月27日から3月末までの「時限的・緊急避難的な激変緩和事業」として始まったが、その後は政府による「継続的・政治的な価格操作事業」へと変容した。期間延長は7次に及び、ガソリン小売価格は特に2023年10月から2024年12月半ばまでリットル当たり約175円で事実上固定され、2025年1月半ばに185円にまで引き上げられる。

2024年12月11日、自民・公明・国民民主3党はガソリン特例税率(いわゆる暫定税率)の廃止で合意。少なくともガソリン及び軽油に関しては、補助金に代わり減税による価格抑制の恒久化が、今後の道筋として固まった形だ。

燃料油補助金及び暫定税率廃止は、いずれも日本の石油政策として根本的に誤っている。石油を輸入に頼り、且つGDPの2.5倍に及ぶ政府累積債務を抱える日本が、巨額の国費を石油の国内大安売りに投じ続ける姿は、世界の分断の中で国際石油供給秩序が脅かされている今日、あまりにも異様である。

日本のガソリン価格は、同じく大手石油輸入地域である欧州と比較してみると、非常に低い。2024年1月から11月の期間、例えば英国の小売価格は平均してリットル当たり約275円(1.4ポンド強)。このうち税金は20%の付加価値税(日本と同じ二重課税)を含め150円弱だった。

独仏伊3カ国も約300円(1.8ユーロ強)。米国平均価格は130円強(ガロン当たり3.3ドル強)だが、乗用車1台あたりの平均ガソリン消費量が日本の約2.5倍なので、日本の感覚に直せば300円超として大過なかろう。因みにインドは4巨大都市(デリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ)平均で180円強(101ルピー)。ムンバイは190円弱(104ルピー)だった。

同期間、原油輸入価格を反映した場合の「補助金支給前」価格は196円。上で挙げた欧米と比べてまだ十分に低く、ムンバイとも大差ない。支給後は、一人当たり名目GDPが日本の10分の1にも満たぬインドを下回った。

日本の原油輸入単価(円建て)は、ドル建ての国際価格と円/ドル為替レートの積。2022年1月を基準として日本の原油輸入単価の上昇を計ると、2023年6月から2024年10月までの間、平均してその8割以上が円安に起因する。2022年第4四半期以降、日本にとっての原油高価格は、すぐれて円安の結果である。

したがってその対策は、行き過ぎた円安の是正を主眼とせねばならない。端的に言えば、石油輸入の抑制を図ることだ。燃料油高の負担に苦しむ低所得家計への支援も、本来は、円安の受益者(輸出企業等)からの所得移転として為されるべきだ。

2022年以降の燃料油補助金投入は、事実上、政府が輸入原油の約2割分を産油国から国際市場価格で購入し、それを無料で国内石油企業に配給したのと同然だ。この石油大安売りは、財政規律を犠牲とする石油消費の奨励であり、かえって円安・原油高を助長する、自傷的な行為だ。

国内価格が、国際価格及び為替レートを反映して随時変動し、これを共通の手掛かりとして石油消費・供給者が主体的に行動を変容させる、その無数の地道な変革の積み重ねが、原油高への日本の対応能力を決する最も根本的な要因である。

しかし補助金の下で、国内価格は国際石油・為替市場との連動性を失い、「仮想現実」と化して低位安定した。これは原油高に対する、日本社会の自主的・創造的な取り組みを妨げる。

燃料油価格が政府・与党の一存で決まるのならば、その上昇を抑えるには、有権者として値上げに反対すればよい。世論の圧力が掛かれば、政党・政治家は値下げを容易に決め得ても、値上げは躊躇する。

消費側では省・脱石油に励む必要が薄れ、供給側でも、補助金が需要を下支えする分、経営努力せずに済む。「民意」の名のもと、仮想現実の偽りの安住へと沈み込む、強い重力が働く。

ガソリン暫定税率の廃止は、補助金で実現していた低価格を、更に踏み込んで減税の形で恒久化を図るものだ。現在の暫定税率53.8円は1979年6月、第1次大平内閣で定まり、以来45年間据え置かれてきた。したがって消費者物価指数で測ったその実質税率は今日までに35%以上減少。いわば「静かな減税」だったが、ここから28.7円の本則税率へ。これは1964年に第3次池田内閣の下、第4次道路整備5ヵ年計画の財源として定められた税率であり、やはり実質的には当時の約5分の1まで下がっている。

日本は1970年台の2次に亘る石油危機を、小型車による世界自動車市場の席巻、素材産業から組み立て産業への転換等、国際競争力強化という正道で克服し、経済大国として台頭した。

今、ロシア・西側の厳しい対立、ドミノ倒しのように紛争が拡大する中東、中国が脅かす海洋秩序―国際石油供給の基盤が揺らぐ中で、省・脱石油に向けた創造力の発揮が、日本にとって再び喫急の課題である。

8兆円を費やして石油燃焼後の二酸化炭素しか残さぬ補助金も、今日に妥当する合理的根拠を一切欠き、且つ60余年前の制定時を実質的に遥かに下回る本則税率への回帰も、共に不要なのだ。

小山 正篤
国際石油アナリスト。1985年東大文学部卒、日本石油(当時)入社。米・英系の調査会社、サウジアラムコ本社などを経て、現在フリーで活動中。米ボストン在住。タフツ大・修士(国際関係論)。