そこまで言って委員会
植田総裁になってから日銀役職者から、守秘義務違反まがいの発言が飛び出すようになりました。日銀の金融政策は金融政策決定会合(今回は1月23、24日)で決めることになっているのに、それに先立ち氷見野・副総裁が追加利上げを示唆するような発言をしました(14日)。
虚を突いた「サプライズ」で市場を驚かすことを好んだ黒田・前総裁と打って変わって、植田総裁になってから「市場との対話」を重視するようになってきました。「市場との対話」ならともかく、金融政策決定会合に先立って、政策変更を示唆するような発言です。これは日銀役職者に課せられている守秘義務(日銀法29条)違反に相当すると私は懸念します。
氷見野副総裁の発言(講演と記者会見、14日)は「金融政策決定会合では追加利上げの是非を議論する。賃上げについて24年度に続き強い結果を期待できる」と、発言しました。「追加利上げを議論する」は当たり前のことのようであっても、当たり前のことをこのタイミングで予告すれば、「金融会合で来週、利上げを決める」と受け取られます。
しかも、日銀が最も注視している賃上げについて、「強い結果を期待できる」とまで述べましたから追加利上げは確定的と私は受け取るし、市場もそうでしょう。つい最近までは、1月の追加利上げは先送りかの見方が多数派でしたから、意表を突いた発言です。政策金利が0.5%(現在0.25%)になると見込んで、株価は発言後、下落(3万8100円、17日)が始まりました。
ここまで述べると、後になって「議論をするといったこと嘘でも守秘義務違反でもない」といった弁明は通りません。露骨な市場誘導に相当します。教えてもらったメディア、市場関係者は恐らく感謝しているでしょうから、「守秘義務違反を問う」ことはしません。
なんで急いで、このタイミングで追加利上げを示唆する発言をしたのか。20日のトランプ大統領の就任で、何を言い出すか分からないから、日銀としては「追加利上げを規定路線」としてしまいたかったのでしょうか。そこまで示唆するのは、審議員に対する根回しが済んでいるに違いない。日銀にとって金利操作は重要機密ですから、以下に市場との対話とはいえ、機密漏洩まがいの発言と言えます。
機密漏洩ないし政策会合を飛び越したサプライズは、昨年8月にもありました。日銀は7月の決定会合で、政策金利を0.25%に上げ、さらに植田総裁が「引き続き金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と、発言しました。本格的な利上げ局面を迎えたとみた市場は、株価が1100円も急落(8月7日)し、動揺が走りました。
日銀は驚き、内田副総裁が直ちに「市場が不安定な状況で利上げすることはない」と、総裁とは真逆の発言をしたのに市場は驚きました。正副総裁は日銀執行部の中軸です。決定会合も開かず、総裁発言を帳消しにしたことも驚きでした。金融政策は決定会合ではなく、しかも総裁を飛び越して副総裁が決めるのかと。日銀のやり方は素人じみていました。
そんな前科があるところに、今回また氷見野副総裁の「追加利上げ示唆」発言です。まるで決定会合は有名無実で、決定権は正副総裁にあるとの印象を与えます。日銀の意思決定システムからの逸脱でしょう。正副以外の審議委員は「われわれを無視して、なぜそんな発言をしたのか」と追及しなければないにのに、8月の場合も「逸脱行為」も質した委員がいたとは聞いていません。
日銀役職者は、通常の公務員ではありません。ただし、その仕事、業務の公共性が高いため、「法令により公務に従事する職員とみなす」(日銀法30条)というみなし公務員の扱いを受けています。さらに「職務上、知り得たに秘密を漏らしたり、盗用してはならない」(同29条)決まりです。
利上げによる市場の動揺を防ぐのが目的としても、市場に守秘義務違反まがいの情報を流すのは、やりすぎです。市場は日銀にそこまで教えてもらえないと動揺してしてしまうのか。日銀が市場機能を信頼していないからこうなるのか。政策当局は、市場と適正な距離を保っていくべきです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。