IEAの「エネルギー妄想」に高まる批判

travellinglight/iStock

1月29日、米国のシンクタンク National Centre for Energy Anlytics のマーク・ミルズ所長と元国際エネルギー機関(IEA)石油産業・市場課長のニール・アトキンソンの連名で「エネルギー妄想:ピークオイル予想 – IEA World Energy Outlook 2024 の石油シナリオの批判」と題するレポートを出した。

レポートの概要は以下のとおりである。

  • IEAは、エネルギー情報と信頼性の高い分析において、長年にわたり世界のゴールドスタンダードであったが、加盟国政府がパリ協定に署名したことを受け、そのミッションをエネルギー転換の推進に転換した。
  • この結果、IEAは世界エネルギー見通し(WEO)において政策立案者に対して、歪曲された危険なほど間違った見方を提示している。WEO2024年の中心シナリオでは「エネルギー転換の継続的な進展により、今世紀末までに、世界経済は石油、天然ガス、石炭の追加使用なしに成長を続けることができる」とされている。
  • IEAはWEOを予測ではなくシナリオ(可能性の探究またはモデル)であり、意思決定者が選択肢を検討するための情報提供であるとしているが、有益な「情報」となるシナリオは、現実的な可能性と想定に基づいている必要がある。
  • しかしWEOでは現状維持(BAU)シナリオが排除されており、中心シナリオとなる表明政策シナリオ(STEPS)では各国がパリ協定を遵守するために約束した特定のエネルギー転換計画を実施していると想定している。しかし現実にはどの国も約束を完全に守っていないどころか、ほとんどの国は予定より大幅に遅れている。真実ではないことを信じ込むことは問題であるだけでなく、妄想である。
  • 今後6年間で、世界の人口と経済の成長が2世紀にわたる傾向を継続せず、現在全エネルギーの80%以上を供給している化石燃料の使用量が増加しないと予測するのは、非現実的である。データは、世界のエネルギーシステムが基本的にBAUに沿って稼働しており、STEPSから大きくかけ離れているだけでなく、WEOがモデル化したより積極的な移行の目標からもさらに離れていることを示している。

近年のIEAが、パリ協定の目標達成、特に欧州とバイデン政権の米国が強く主張する1.5℃、2050年カーボンニュートラルに向け大きく舵を切っていることは間違いない。

第1次石油危機を契機にエネルギー安全保障を目的に設立されたIEAが、2021年に「新規の石油ガス上流投資は不要」との分析を出したときは我が目を疑った。2050年に世界がカーボンニュートラルを達成するという前提を所与のものとし、それに向けて脱化石燃料が進むという非現実的な前提に基づく計算であるが、それがIEAの「予測」として市場や投資家に影響を与えることは間違いない。

上記レポートのエグゼクティブサマリーは

「エネルギーシナリオに関する欠陥のある想定の問題点について議論することは、単なる理論上の演習ではない。IEAの分析は、何兆ドルもの投資決定だけでなく、広範囲にわたる地政学的な影響を及ぼす政府政策にも影響を与え続けている。信頼でき、手頃な価格のエネルギー供給を計画するためには世界経済と安全保障についての考慮が不可欠である。IEAは、危険なほど誤解を招く見通しを提示することで、世界をリードするエネルギー安全保障の監視機関としての長年の実績を自ら傷つけている」

と結ばれている。

このレポートが注目される理由は、執筆者がIEAで石油市場分析の責任課長を務めていたことである。彼は2016年にIEA石油産業・市場局長に就任しているので、ファティ・ビロル事務局長の下で働いていたことになる。石油産業・市場課の重要なミッションは、毎月の石油市場レポートの作成である。これは足元の石油需要と供給動向を踏まえた極めて信頼度の高い報告であり、エネルギー安全保障を目的に設立されたIEAの根幹的な業務の一つである。

短期の市場分析は、中長期の動向シナリオと無縁ではありえない。現実を踏まえた地道な市場分析をやってきたニール・アトキンソンが「2030年に石油需要がピークアウトする」という中期シナリオがIEAのメッセージとなっていることにフラストレーションをためたとしても不思議ではない。

彼は「IEAが客観性を失いつつあり、エネルギーの世界では今後10年から20年は依然として化石燃料への依存が圧倒的に続くと考えていることを十分に認識していない」と述べている。IEA事務局内にあって現実に立脚した石油市場分析と願望に立脚した脱化石燃料シナリオの相克を経験したがゆえにアトキンソンの言葉は重い。

トランプ大統領再選に伴い、米国のIEAを見る目は厳しさを増している。昨年12月には上院エネルギー天然資源委員会の共和党メンバーであったジョン・バラッソ上院議員が「IEAの復活とエネルギー安全保障の使命―IEAは設立の理由を忘れてしまったー」と題する報告書をまとめている。

同報告書のポイントは以下の通りであり、バラッソ上院議員は共和党の上院院内総務であるから、トランプ政権下でIEAに対する風当たりは非常に強くなるだろう。

  • 2020年以降、IEAは環境保護団体やその他の非政府組織からの要請を受け、達成不可能なネットゼロの世界的エネルギー転換に焦点を絞り、エネルギー安全保障の使命から大きく逸脱している。
  • IEA加盟国が「石油・ガスは安全で確実なエネルギーの選択肢ではない」とのアドバイス通りに行動すれば、将来の世界の石油、天然ガス、石炭の生産量は不足し、敵対的な国々に集中するだろう。
  • 2024年2月、バイデン政権は、液化天然ガス輸出の許可プロセスを「一時停止」するという決定を正当化するために、2030年以前に天然ガス需要がピークに達するというIEAの偏った世界エネルギー見通しの予測を利用した。
  • IEAのネット・ゼロ・エミッション・シナリオは莫大なコストを意図的に無視しており、1974年に米国などがIEAを設立するきっかけとなった中東産油国に石油とガスの生産が集中するという事実も無視している。
  • IEAは現在ネット・ゼロ・エミッション・シナリオに割いているリソースを、エネルギー転換がエネルギー安全保障に与える影響の分析にあてるべき。更に重要鉱物と核燃料のサプライチェーンにおける中国とロシアの支配がエネルギー安全保障に与える影響について信頼できるシナリオを作成すべき。IEAの活動は加盟国のエネルギー安全保障を強化すべきであり、弱体化させるべきではない。
  • 第119議会で、上院はIEAの改革を主張しなければならない。IEAは、WEOにおいて、米国エネルギー情報局(EIA)が作成しているような、政策に中立的で公平なBAUシナリオを再度作成すべきであり、石油、天然ガス、石炭への投資を終わらせることを支持しないことをはっきりと表明すべきだ。

筆者は2002~2006年にIEA事務局で勤務し、ファティ・ビロル事務局長は30年来の知己である。4年勤務したIEAに対する愛着は強いし、ビロル事務局長の分析能力、発信能力を高く評価してきた。

IEAは国際機関であり、その活動方針は理事会の影響を強くうける。もともと環境志向の強かった欧州諸国が加盟国の大半を占めることに加え、バイデン政権の下で米国が大きく左旋回したことにより、2021年以降、IEAはグリーンに極端に舵を切った。ある程度はやむを得ないとしても米国が政権交代によって左右に方針が大きく振れることは分かりきっていたことであった。

実現可能性のない2050年ネットゼロエミっションシナリオとの整合性が投資家判断やSBT(Science Based Target)の根拠になり、「世を惑わせてきた」ことの弊害は大きい。一人のOBとして、IEAには再びコモンセンスを踏まえた現実的な見通しを出してほしい。アトキンソンもそうした思いだったのではないだろうか。