このブログで時折取り上げる民主主義の話題は私が興味深く観察している分野で少々書物も読みながら掘り下げているところですが、よく指摘されるように民主主義の行方は混とんとしている、これが現状だろうと思います。
トランプ大統領Xより
アメリカで起きつつある目先の変化、つまりトランプ氏が次々と大統領令に署名する内容には民主主義の根幹を揺るがすものも内包されています。バイデン氏とトランプ氏があまりにも対照的な価値観を持っていることでアメリカ国民が地に足がつかない状態にあるとも言えます。
お前はなぜ、USAIDについて書かないのだ、とご指摘を受けました。正直、議論がほとんどないままで展開しているこの話に手を付けるのは非常に難しいのです。日本のメディアが取り上げていないかといえばそうでもないのですが、メジャーなニュースにならないだけです。特にニュース系において国際関係報道では左派の色丸出しのTBSが強いわけですが、同局にとってはムカつく内容でしょう。NHKも同様です。
では現時点でお前の思う範囲のコメントを述べよ、と言われると思うので短く書きます。
ご存じない方もいると思うかもしれません。USAID(アメリカ国際開発庁)は対外援助機関として年間予算6兆円規模、支援国約60か国、職員数1万人でうち2/3の人は海外で活動します。日本でも規模こそ小さいですが、似たような支援組織はいくつかあります。この活動をトランプ氏が就任早々、やり玉に挙げ、政府効率化省のイーロンマスク氏が大ナタを振るい、おまけに国務長官のマルコルビオ氏が局長代理になり活動を一時停止させ、活動内容の検討期間を設けるとしたのです。実質的には解体を望んでいるのでしょう。これに大きな議論が巻き起こっているというわけです。
私見です。USAIDはそもそもが米ソ冷戦対立軸のなかで世界の国のお仲間づくりを目指したのが発端です。中国がアフリカ支援をしたのとほぼ同じ思想です。そして議論のあるウクライナへの支援やガザでの人道支援も行っています。これが「やりすぎだろう」という声につながるのです。アメリカ人は支援疲れをしている、そしてその結果、自分たちが損をしていると思う人も多いわけです。不法移民排除の件もしかり。トランプ氏はドライでビジネスの人ですから「無駄な(=見返りのない)お金は使わない」が氏の根本発想です。
アメリカは世界の警官ではないという話は民主党のオバマ氏からスタートしているのに、USAIDはどうなのよ、ということかと思います。アメリカが地球を救うではなく、世界が地球を救うでしょ、という立場に立てばトランプ氏の考えのように「アメリカのポジションはもっと小さくてよいだろう」とも言えます。ただ、金儲けだけをするアメリカ株式会社が良いのか、その稼ぎを地球に再分配する余力こそ、アメリカを強くするのではないか、という議論はまだ進んでいないと思います。ここをもう少し揉んでもらいたいと思います。
同様の揺り戻しが「多様性 公平性 包括性(DEI)」問題です。これぞ民主主義議論の根幹に近い部分でしょう。ただこれはトランプ氏就任以前の23年6月の最高裁の判決、黒人など人種のバランスを考えた大学入学枠への違憲の判決がきっかけだったとみています。アフォーマティブ アクションへの試練です。要は行き過ぎ、やり過ぎへの社会全体の警鐘であり、ここは一旦フリーズして考えてみよう、というわけです。
同じようなケースは日本にもあります。2019年の医学部入学試験における男女格差問題、あるいは歌舞伎町の東急歌舞伎町タワーにおけるジェンダーフリートイレ問題はご記憶にある方も多いでしょう。前者は修正され、それ以降、医学部女子が大きく伸びました。後者は数か月後に撤去される事態になりました。受け入れるものは受け入れるが、まだ踏み込めない分野もあるといえます。選択的夫婦別姓制度の議論はその典型とも言えるのです。
民主主義は平等の精神にある訳ですが、平等を突き詰めても無限に平等には到達できません。最後は宿命、つまり生まれた時に与えられた自分が差別的だったという話にまで飛躍できるのです。私が時折、民主主義の暴走と思うのは今まで陽が当たらなかった人たちが反逆のごとく、権利の主張が行われる点です。古代ギリシャ時代から人間の生き方、あり方については何百年もかけて少しずつ改善改良してきました。が、男女差が本格的に意識、改善されるようになったのはせいぜいこの50-70年程度ではないかと思います。それでも確実に改善されてきているのです。ただ、一部の人たちがその次のレベルの改善を急ぎすぎるあまり歪ができるのだと考えています。
学者によっては「民主主義の停滞」と捉える先生もいらっしゃるでしょう。私はそう思いません。次の次元に向かうためのとても厳しいハードルを人々が議論し、その在り方を考えているのだと。よって振り戻しはあるのです。USAIDの議論もアメリカ国内でとことんしたらよいでしょう。私もその行方は知りたいと思っています。ですが、これは識者や学者、ましてや政権指導者が決めることではなく、国民や世論形成で落としどころを見出してもらいたいと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年2月11日の記事より転載させていただきました。