米ロ首脳会談控え、ロシア批判が消えた

当方の一方的な推測だが、ドイツ南部のミュンヘンで開催された「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)で14日、バンス米副大統領とウクライナのゼレンスキー大統領との会談が開催されたが、ゼレンスキー氏は複雑な思いでバンス氏に対面する位置に座り、会談に臨んだのではないか。

ミュンヘン安全保障会議で討論するゼレンスキー大統領、2025年2月14日、ウクライナ大統領府公式サイトから

ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日、ウクライナにロシア軍を侵攻させて今月24日で3年目が終わる。国民だけではなく、政治家にも戦争疲れが見える。ロシア軍のミサイル攻撃でエネルギー関連施設は悉く破壊され、国民は厳冬の中、歯を食いしばって耐えなければならない日々が続く。

一方、米国でトランプ大統領が登場し、プーチン大統領とのトップ会談を通じてウクライナ戦争を短期間で停戦すると約束。それを受け、サウジアラビアの首都リヤドで米ロ首脳会談の開催計画が公表され、その準備のため米ロ高官会談が18日にも開かれる運びとなった。

同時に、プーチン氏への批判の声が小さくなってきた。15日に開催された先進7カ国(G7)外相会談ではウクライナ戦争の停戦問題が話し合われたが、ロシア批判は会談の共同声明の中にはない。停戦交渉を実現する前、ロシア側を怒らせないことが得策、という外交的配慮があったのだろう。もちろん、米国から強い政治的圧力が加盟国にあったことは間違いない。

興味深い点は、トランプ米政権はロシア側に配慮する一方、欧州に対しては辛辣なメッセージを配信していることだ。欧州の政治の世界に初登場したバンス副大統領のスピーチはもっぱら欧州の民主主義、「言論の自由」の問題点に焦点を合わせていた。20分余りの演説の中にはウクライナを軍事侵攻したプーチン大統領への帝国主義的な軍事行動への批判はなかった。

ショルツ首相はバンス発言を「不適切な内部干渉」と不快感を吐露した。一方、バンス氏はホスト国ドイツの首相であるショルツ氏とは会談していない。今月23日のドイツ連邦議会選で野党に下野することがほぼ間違いのないショルツ氏と会談しても意味がない、という米国側のクールな判断が働いていたのだろう。

ゼレンスキー氏は演説の中でもプーチン氏を厳しく糾弾した。同氏は「プーチン大統領」とは呼ばず、「プーチンは‥」と呼び捨てる。同氏はプーチン氏を「テロリスト」と呼んで憚らない。国内を荒廃させ、多くの国民を殺害したロシアの指導者にそれ以外の選択肢はないからだ。

その点、大西洋を越えた米大陸からのゲストにゼレンスキー氏のようなロシア批判を期待しても無理がある。米国にとってウクライナ戦争はローカルな戦争に過ぎないのだ、といって米国を批判はできない。米国はロシアの攻撃を受けるウクライナを軍事的、人道的に支援してきた最大支援国だからだ。

英国の「キングス・カレッジ・ロンドン」(KCL)のテロ専門家、ペーター・ノイマン教授は15日、ドイツ民間ニュース専門局nTVでの討論会で、「数多くのテロ事件が過去、米国情報機関の情報提供によって未然に防止された。欧州は情報収集能力、サイバー防止能力などで米国に完全に依存している」と指摘していた。欧州の政治家、メディアは米国、特に、トランプ氏に対して批判的な立場を取るが、安全保障分野では欧州は米国に頼ってきたわけだ。

ちなみに、トランプ大統領がウクライナ停戦交渉でイニシャチブを取ることで、外交世界で孤立してきたロシアのプーチン大統領に国際舞台にカムバックできる機会を提供したことになる。

ゼレンスキー氏の最大の懸念はウクライナ戦争の停戦問題がウクライナ抜きで米ロ両国で決定されることだ。同氏はミュンヘンでも「ウクライナ抜きの停戦合意は絶艇に受け容れられない」と強調している。同時に、米ロ両国の外交攻勢に押され気味の欧州からは「米ロ、ウクライナに欧州も停戦交渉の参加すべきだ」という声が高まってきている。

米国はウクライナの交渉参加には理解を示しているが、欧州代表の参加には依然、消極的だ。ルビオ米国務長官は「参加国の数が増えれば、それだけ会議は難しくなる」と述べ、ウクライナ停戦交渉で欧州代表の参加を歓迎していない。

それに対し、フランスのマクロン大統領は「欧州はウクライナの停戦問題でまず統一すべきだ」と述べ、パリでウクライナへの戦略を協議するために欧州主要国会合を招集している。欧州の政治家の危機感の表れだろう。

なお、2月16日はロシアの反体制派活動アレクセイ・ナワリヌイ氏の獄死1年目を迎えた。ナワリヌイ氏のユリア夫人らは亡命先でプーチン大統領打倒の抗議デモを行った。ユリア夫人は「海外のロシア人はプーチン打倒で一体化すべきだ」と訴えていた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。