ゼレンスキー大統領は本当に「独裁者」か?

当方はトランプ米大統領の「常識革命」を支持しているが、ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」呼ばわりしたことには合点がいかない。ひょっとしたら、トランプ氏はロシアのプーチン大統領を「独裁者」と呼ぶところをゼレンスキー氏と間違えて呼んでしまったのではないか、と考えてみた。実際、米大統領の中にはバイデン前大統領のように相手の名前を間違えるケースがあるからだ。超多忙のホワイトハウスの主人は多くのゲストを迎え、世界の政治情勢についてメディアから常にコメントを求められる立場だから、名前ひとつぐらい間違うことがあるものだ。と、多くの寛容な人ならば、考えるかもしれない。しかし、外電を見ると、トランプ氏は自身のSNS「Truth Social」の中で、「選挙のない独裁者、ゼレンスキーはすぐに動かなければ、彼の国はもうなくなるだろう」と投稿しているのだ。トランプ氏は実際、名前を間違えたのではなく、ゼレンスキー氏を独裁者と呼んでいるのだ。

それだけではないのだ。トランプ氏は昔芸人だったゼレンスキー氏の経歴を皮肉り、「成功したとは言えないコメディアン」と揶揄。さらに、「彼は大統領としてひどい仕事をした。彼の国は破壊され、何百万もの人々が不必要に死んだ」と非難しているのだ。

トランプ氏も不動産を取引するビジネスマン出身であり、バイデン前大統領のような職業政治家ではなかった。他国の国家元首に対して上記のような発言はやはり「一線を越えている」と言わざるを得ない。ゼレンスキー氏は2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、戦争時の指導者として軍事大国ロシアと闘ってきた人物だ。

トランプ氏はウクライナ戦争はプーチン大統領が始めたのではなく、ウクライナ側が開始したと述べている。その論旨はプーチン氏のナラティブと同じだ。ゼレンスキー氏は「トランプ氏の主張はロシアのフェイクニュースに基づくものだ」と、トランプ氏の批判に対して憤るというより、呆れている、といったところだ。

トランプ氏は18日、記者会見で、「ゼレンスキー氏の支持率はウクライナ国内で極めて低く、戦争を終わらせることを拒んでいるのは、国外からの資金援助を受け続けるためだ」と主張。「3500億ドル相当の米国の支援は、勝てない戦争に流れ込んだ」と批判した。中途半端な批判ではない。ゼレンスキー氏の人格を攻撃し、戦争の責任はプーチン氏ではなく、ゼレンスキー氏にあると主張しているのだ。

トランプ氏とその側近の発言は、ロシアの主張に近づいている。ロシア側は「ゼレンスキー氏に国家元首としての正当性がない」という。その理由は昨年予定されていたウクライナ大統領選挙が実施されなかったからだ、と説明する。実際は、ウクライナの法律では戦時中に選挙を行うことは禁じられており、ゼレンスキー氏の反対派ですら戦争終結後まで選挙を先送りすべきと考えていることを付け加えておく。

トランプ氏の発言内容をもう少し検証してみよう。トランプ氏はゼレンスキーの支持率は4%だと述べたが、キーウ国際社会学研究所の最新の調査では、ゼレンスキー氏の支持率は57%に達している。ゼレンスキー氏を上回る支持を得ているのは、元軍総司令官で現在の駐英ウクライナ大使ワレリー・ザルジニー氏だけだ。また、トランプ氏が述べた「米国のウクライナ支援額は3500億ドル」という主張も、既知のデータと大きく食い違っている。実際、ウクライナへの軍事・財政支援の総額は、米国・欧州ともに約1000億ドルだ(独高級誌「ツァイト」オンライン)。

トランプ氏は12日、プーチン大統領と電話会談した。その直後、サウジアラビアのリヤドで米ロ高官会議が開催された。そこではウクライナの停戦交渉だけではなく、米ロ両国関係についても話し合われたという。それからだ。トランプ氏の口からロシア批判は消える一方、ウクライナ問題ではキーウ側、特に、ゼレンスキー氏批判が強まってきているのだ。

「ツァイト」オンラインによると、トランプ氏はウクライナに対し、「米国の支援を、ウクライナの資源で返済する要求を突きつけた」という。それに対し、ゼレンスキー氏は署名を拒否した。その理由は、契約に米国からの安全保障の文言がなかったからだという。ちなみに、「米国の支援」と「ウクライナの資源」の交換案は昨年の秋、ゼレンスキー氏自身がウクライナ議会で提示している。トランプ氏の独自案ではない。

いずれにしても、トランプ氏の一連の発言はゼレンスキー氏を傷つけたことは間違ない。ウクライナを支援してきた欧州諸国にも戸惑いと失望を与えたのではないか。ディール(交渉)の名手を自負するトランプ氏はプーチン氏と首脳会談を早期実現し、ウクライナ戦争を停戦させるために、恣意的にロシア寄りの発言を繰り返しているのかもしれない。トランプ氏の発言の評価は、ウクライナ停戦が実現するまで保留しておきたい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。