ゼレンスキー大統領を挑発するトランプ大統領は何を狙っているのか

トランプ米国大統領が、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を「まあまあ成功したコメディアン(a modestly successful comedian)」と描写する表現から始まるSNS投稿で、「選挙のない独裁者」と呼んだことが、大きな話題となっている。

この投稿で、トランプ大統領は、アメリカがウクライナに提供した3,500億ドルの巨額さを訴えた。それは欧州が提供した資金よりも圧倒的に多額で、しかも大半が使途不明になっているとも指摘した。そのうえで戦争は、ゼレンスキー大統領とバイデン前大統領によって引き起こされたものだが、今やトランプ政権がそれを終わりにする、と主張した。

一斉にトランプ大統領の人格を否定をする感情的な声が巻き起こった。欧米諸国でも同様の反応が見られるが、日本でも、軍事評論家や国際政治学者やジャーナリストの方々など、これまで「ウクライナ応援団」と言われてきた方々が、とにかくトランプ大統領はひどい、という感情を吐露し続けている。かなり煽情的な発言もSNSで舞っている。

ゼレンスキー大統領そのひともまた、即座にトランプ大統領への反発を表明した。「世論調査では自分は人気がある」、と誇示したうえで、トランプ氏がプーチン大統領の陰謀に篭絡された、といったことを述べた。日本でも、これに呼応して、かなりの数の言論人層が、「アメリカの大統領がプーチン大統領に篭絡された」と繰り返している。

半年ほど前に、私は、「ウクライナ応援団はどこへ行くか」という文章を書いたことがあったが、どうやら「プーチンになったトランプが全てを滅茶苦茶にした」という地点にたどり着いたようである。

「ウクライナ応援団」はどこへ行くか
9月6日にドイツのラムシュタイン米空軍基地で開かれた会議において、ウクライナへの追加支援が表明されたが、ウクライナ政府が米国などの主要支援国に強く求めてきたロシア領内深く入る攻撃を可能にする長距離砲の使用許可は、認められなかった。 ウ...

もはや、かなりの数の評論家・学者・メディアが、もはやアメリカ大統領の言説の分析を放棄しているような状態だ。これらの方々は、熱心に、「プーチン大統領の陰謀論に篭絡された」といった物語を口々に叫び、扇動的に世論に訴えかけている。

だが、どこまでトランプ大統領の思考が破綻していると言えるかは、それほど単純な問題ではない。ウクライナ政府が、戒厳令下の強権を用いて、選挙を延期し続けているのは事実である。

カール・シュミットの言葉を用いれば、戒厳状態は「既成法治国家的秩序における独裁」であり「委任独裁」と分類される。他国の大統領を「選挙のない独裁者」と呼ぶのが非礼であることは確かだが、概念構成が著しく破綻しているとまでは言えない。現実を、嫌味な言い方で描写した、ということだ。

だが、それではなぜトランプ大統領は、そのような言葉づかいでゼレンスキー大統領を挑発しているのか?

日本の大多数の評論家・学者・ジャーナリストによれば、「もちろんそれはトランプ氏の頭がおかしく、しかもプーチンの陰謀論に篭絡されたから」ということらしい。

果たしてトランプ氏の行動は本当にそこまで破綻しているのだろうか。

冷静に考えてみよう。

選挙戦中から一貫してトランプ大統領は、「戦争を終わらせる」と言っている。今、トランプ大統領を「陰謀論者」と呼んで非難している方々は、この立場それ自体を受け入れたくない方々である。なぜなら自分たちがこれまで、「ウクライナは勝たなければならない」、と主張してきたからである。

だが、「戦争を終わらせると言っていること自体が陰謀論に染まっている証拠だ」といった主張を証明できるだろうか。これはかなりの程度に、政策判断にあたっての価値判断の問題である。巨額の支援を続けているアメリカが、もうその負担から解放されたいと願うこと自体は、それほど「陰謀論」的なものだとは思えない。

原理主義的な立場を離れ、いったんトランプ大統領の政策目標を受け入れてみよう。アメリカが戦争の停止を望むこと自体は破綻した考えだとまでは言えない、と想定してみよう。その場合でも、果たして、トランプ大統領の態度は、支離滅裂な陰謀論だと言えるだろうか。

トランプ大統領は、「私はウクライナを愛しているが、ゼレンスキーはひどい仕事をした」とも書いていた。ウクライナを愛するがゆえに戦争を止めようとしているが、その障害になっているのがゼレンスキー大統領だ、という主張である。

この認識も、必ずしも明白に間違っているとまでは言えない。なぜならゼレンスキー大統領は、極めて頑な戦争継続にこだわる立場をとっており、明らかにトランプ大統領の停戦斡旋の障害になっているからである。

そこでトランプ大統領としては、強烈な圧力でゼレンスキー大統領に停戦を受け入れさせるのでなければ、ゼレンスキー大統領ではない人物と停戦交渉をする可能性を考えるしかない。

前者の圧力の方向の試みとして、トランプ大統領は、ウクライナへの援助を止めた。そして、これまでのウクライナ支援への見返りとして、ウクライナ領内のレアアースをアメリカに譲渡せよ、といった要求を行った。これに対してゼレンスキー大統領は、当初は、投資なら歓迎だといった話のすり替えをしていたが、やがてそのような誤魔化しがきかないことがわかったため、拒絶をする宣言をした。

今回のSNSは、その直後に、ルビオ国務長官率いるアメリカの代表団と、ラブロフ外相率いるロシアの代表団が、サウジアラビアで会談をしたところで、発せられたものだ。その意図は明確だろう。アメリカの停戦努力に協力しないのであれば、アメリカはゼレンスキー大統領以外の人物と交渉したい、ということだ。

トランプ大統領もロシアのプーチン大統領も、選挙を済ませたばかりで、任期をだいぶ残している。これに対して、ゼレンスキー大統領は、本来は大統領に任期を切らしたところだ。そこでウクライナが選挙を実施してくれれば、アメリカの支援なしで領土を失い続けるしかない戦争を続けるか、停戦に応じるか、をめぐる国民の判断がなされることになる。

ところがゼレンスキー大統領は、戒厳令を理由にして選挙を延期し続ける立場を変えるつもりがない。これでは戦争が続く限り、ゼレンスキー大統領の交代はなく、ゼレンスキー大統領の交代がないために、永遠に戦争が続くことになる。選挙がなければ、ウクライナ国民はたとえアメリカの支援がなくても戦争を継続することを望み続けている、という前提から抜け出る機会を見出すことができない。

そこでトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領が選挙をしていない、という点に焦点をあてた挑発をしてきたのだと思われる。選挙が行われていない事実を強調して、まずはゼレンスキー大統領への圧力を高めるためである。加えて、選挙を通じて、アメリカの支援なき戦争継続か、停戦か、を論点にした国民の意思の表明の機会を作り、ポスト・ゼレンスキー時代のウクライナを構想するためである。

恐らくほとんどの日本の評論家・学者・ジャーナリストは、「ゼレンスキー大統領は絶大な人気を誇っているので、選挙で負けるはずはない」と思い込んでいるだろう。その根拠は、戦時中の「大統領を信頼するかどうか」といった曖昧な問いのキーウ国際社会学研究所(親西欧的でオレンジ革命等において役割を担ったとされるキーウ・モヒーラ・アカデミー国立大学[NaUKMA]とValeriy Khmelko教授やVolodymyr Paniotto教授などを通じたつながりを持つ)の世論調査の結果である。だがそのような曖昧な世論調査の結果で、様々な政治勢力がしのぎを削る選挙の結果を占うことには、限界がある。

恐らくトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領の勢力以外の政治勢力が、選挙で勝つ可能性が高いと考えているのだろう。そこで「私はウクライナを愛しているが、ゼレンスキーはひどい仕事をした」という立場から、ゼレンスキー大統領を挑発して、選挙実施に踏み切らせようとしている。あるいは戦争を継続してもアメリカの支援はないことを知らせて、選挙が実施されないまま戦争継続努力に動員されているウクライナ国民の不満あるいは不安をかきたてようとしている。

このようなトランプ大統領の態度を、「ゼレンスキー大統領こそがウクライナそのものだ」と信じる層の方々は、絶対に認めない。だがトランプ大統領にとっては、政策目標の達成にあたって、合理的な必要性が認められる手段である。

現在の論点は、トランプ大統領は悪魔プーチンの陰謀に篭絡されたといった類のことではない。

現在の論点は、トランプ大統領のウクライナ内政の読みが正しいか、間違っているか、である。

焦点はウクライナの内政に移ってきた
ヘグセス米国防長官が、ウクライナのNATO加盟を支持しない等と発言したことが、話題のようだ。だがヘグセス長官の発言内容は、トランプ大統領が大統領選挙戦中から一貫して説明してきた停戦斡旋の方針の内容にそったものだ。 欧米の主要メ...

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。