トランプがゼレンスキーを「独裁者」と公然と罵り、世界が震撼したのも束の間、わずか10日後の2月28日、両者は首脳会談に臨む。一体何が起きているのか。
「私は平和を築く者として記憶されたい」と願うトランプは、従来の外交を覆す“平和構築の手法”を繰り出している。
その手法は独特だ。まず「悪役」を演じ、挑発的な言葉で指導者を揺さぶる。ゼレンスキーに反論の余地を与え、激しいやり取りから互いを認め合う流れを作り、トップ同士の会談へと導く。
これは密室交渉をオープンな舞台に変える手法でもある。
これまでの外交は、密室での駆け引きや儀礼的なやり取り、不透明な資金・軍事援助が常だった。だがトランプはそれを打ち破り、アメリカの有権者や納税者に分かりやすい「透明な外交」を推し進めている。
その背後には、彼が影響を受けたソクラテスの教え、ユング心理学、アリストテレスの説得術が息づいている。
通常、指導者は品位や道徳性を重視し、好人物や偽善者を装いがちだ。だが、そんな政治家ばかりでは世界は変わらない。トランプはあえて「偽悪者」の仮面をかぶり、相手を罵倒する戦術を選ぶ。
彼自身、「これでは人気者にはなれない」と認め、「彼らは俺に絶対ノーベル平和賞をくれない」とぼやきつつも、「平和を築く者」という信念を貫き、ヒール役に徹する。
トランプは「哲学者の本を読む。特にソクラテスが好きだ」と語る。「ソクラテスは良心に従って行動すべきだと説いた。信念を貫くことだ。その哲学に共感する」と、彼は実践している。
さらに彼は、ユング心理学の「ペルソナ(仮面)」の重要性を理解している。このヒール役こそが彼の選んだペルソナであり、挑発を通じて相手の本質を引き出す道具だ。
トランプは自著で「ペルソナは不名誉なものではなく、必要なものだ」「自分には多面性がある」と述べ、「ユングを読め」と勧めている。「人をただ読むのではなく、見抜く力が身につく。それが人間の行動を洞察する鍵だ」と熱弁する。
「独裁者」という言葉は単なる誹謗中傷ではなく、トランプが見抜いたゼレンスキーのペルソナの一面を表す“あだ名”なのだ。
ゼレンスキーに限らず、トランプにあだ名をつけられた指導者はすぐさま反応する。悪役トランプより高い道徳性を示さなければ、自身の正統性が揺らぐからだ。
実際、ゼレンスキーは「トランプ氏は偽情報の空間に生きている」と反撃。両者の応酬は世界の注目を集め、関心は戦争そのものから言論バトルへと移った。
これこそトランプの描く世界線、戦争なき「言論による世界支配」である。
その核となるのが熟練の説得術だ。トランプは「説得術を学び、磨け。人生のあらゆる場面で役立つ」と語り、自ら訓練を重ねてきた。
トランプ説得術の基本は「フレーミング」と「ダブルバインド」の組み合わせだ。「独裁者」というレッテルで相手を特定の枠にはめ、心理的に追い詰めるのがフレーミング。ゼレンスキーが即座に反応したのも、この枠に縛られた証拠だ。
そこに「ダブルバインド」(心理的な二重拘束)が加わる。反論すればするほどトランプのフレーム内で議論せざるを得ず、「独裁者でないこと」を証明し続ける羽目になる。反論しなければ、独裁者のイメージが固定化され、正統性を失う(二重目の拘束)。どちらに転んでもゼレンスキーはトランプの術中に落ちる。
トランプ発言直後から、ゼレンスキーはEU指導者と次々とアポをとり、公式面談を通じて、正統性をアピール。G7首脳会議では「自由世界のリーダーか」とトランプを逆口撃した。
その矢先、公開討論会でジャーナリストが切り込んだ。「トランプ氏があなたを独裁者と呼んだとき、気分を害しましたか?」ゼレンスキーは「いや、真の独裁者だけがそんな言葉に傷つく」と軽くかわしたが、会場はあまり納得していない様子だった。
その数日後、「選挙なき独裁者」のレッテルを払拭するため、国会で大統領任期延長を決議。トランプの「独裁者」という言葉が効いている証拠だ。
あだ名の真偽はさておき、重要なのは「効く」かどうかだ。
この効果は、ペルソナ心理学とアリストテレスの説得術「エトス・パソス・ロゴス」の三位一体によるものだ。トランプは「選挙なき独裁者」で相手の品性・信頼性(エトス)を下げ、もう一つのあだ名「そこそこのコメディアン」で感情(パソス)を揺さぶり、「支持率4%」で論理(ロゴス)を補強する。
この“三位一体の悪口”が世界を駆け巡った。
説得術の神髄だ。アリストテレスが説くように、「説得術とは言論を生み出す能力に他ならない」。
その内容が低俗と批判されようが、ウクライナ戦争をめぐる議論を活性化させたのは確かだ。
しかし、トランプの真の狙いは単なる議論や小手先の反論ではない。世界の注目を浴びさせ、相手に行動変容を促すことだ。その一貫として、トランプはゼレンスキーに対し、次なる難問を設定する。
「アメリカはEUよりウクライナに負担してる」「見返りに、鉱物資源の取引を求める」と物議を醸す発言で、難題を投げかける。
ここで鍵となるのが「ソクラテス式問答法」だ。「トランプは問題解決にコレを用いる」とバノン元首席戦略官が評する通り、相手に矛盾を突きつけ、根本を見直させ、決断を迫る手法である。
すでにトランプはメディアを通じ、ゼレンスキーに鋭い問いを投げかけている。
「アメリカの経済・軍事支援なくして、戦争を続けられるか?」
「そもそも支援なしでは、すぐに降伏していたのではないか?」
「これからも戦争を続けるなら、アメリカの税金がどれだけ必要だ? その見返りを国民に示せるか?」
指導者としての存在の本質が問われているのはゼレンスキーだ。トランプの要求とウクライナの未来を天秤にかけ、決断できるか。停戦、戦後を見据えた国造りのビジョンを、アメリカや世界に示せるか。
「独裁者でない」成熟した指導者としての試金石である。その答えが2月28日の首脳会談で明らかになる。
結果、トランプの望む「平和=停戦」が動き出す。
(編集部より)この記事は、浅川芳裕氏のX(@yoshiasakawa)のポストを、許可を得た上で転載いたしました。