欧州はどこで間違えたのか~懲悪ファーストの陥穽~

パリの緊急会合 マクロン大統領インスタグラムより

トランプ大統領の就任から一カ月で、国際情勢は大きく変わった。その象徴が、ウクライナとロシア共和国の間の紛争の早期終結を要請する国連安全保障理事会決議2774だろう。

Resolution 2774 (2025) United Nations

短い文章の決議だが、ロシアの全面侵攻以降では初めて安保理が決議を採択できたことが大きい。紛争の早期終結が「国際の平和と安全に主要な責任を持つ」国連安保理の意思であることが表明された。この要請は、全ての国連加盟国に対して、適用される。「要請」について、安保理は、比較的珍しい「implore」という語を使った。強い表現である「request」などと比べて弱めなのは、国連加盟国が遵守しなければならない具体的な要請内容がないからだろう。しかしそれにしても、今後は戦争の継続を望むことは、国連安保理2774に反することになるわけで、その意味は小さくない。

欧州5カ国が棄権に回った。その他の地域の諸国は全て賛成票を投じた。欧州が孤立した形であった。

同じ2月24日に採択された総会決議を見ると、ロシアの「侵略」を非難する決議に、欧州諸国に、日本や韓国などのそれなりの数のその他の諸国も賛成票を投じている。したがって「侵略」に反対する戦争の継続にこだわっているのは、もちろん厳密には欧州諸国だけではない。だが欧州ではほとんどの諸国が、「紛争の早期終結」に留保を付しながら、「侵略を非難」しているとすると、他の地域では、そのような傾向は見られない。総会決議は、93カ国の賛成票で採択されたが、実際には反対票が18カ国で、棄権・無投票が80カ国あった。賛成票を投じた諸国のほうが、数が少ない。

2022年・23年に国連総会で同様にロシアの「侵略」を非難する決議が採択された際には、141カ国が賛成票を投じた。当時は、それも十分な数ではないようにみなされた。経済制裁の実効性を持たせるためにも、さらに「侵略」非難に同調する国を増やさなければならないように考えられた。2023年5月に開催されたG7広島サミットにおいて、岸田首相の日本政府が、「法の支配」と「グローバル・サウス」をテーマに掲げたのは、そのような考え方にそったものだった。端的に言えば、ロシアを「非難」してくれる諸国の数を増やすために、「法の支配」と「グローバル・サウス」を並べて語ろうとしたのである。

しかし2024年2月の段階で、すでに賛同国は減ることが自明とされた。そこで昨年は、「非難」決議案の提出そのものが見送られた。しかし今年は、安保理で「紛争の早期終結」を要請する決議が採択される見込みだった。ウクライナと欧州支援諸国としては、なんとしても総会で「侵略」を「非難」する決議を採択したかったはずである。結果は、賛成国を48カ国減らし、国連加盟国数の半分に届かない数での採択であった。採択にこぎつけて面目は保ったが、国際世論が大きく「紛争の早期終結」に向かって動いていることを印象付ける薄氷の採択となった。

欧州は、どこで失敗したのか。

国際世論の面でいえば、ダブル・スタンダードだろう。ウクライナのことになると他国に戦争や制裁に協力せよと説教するが、他の地域では決してそのようなことはしない。決定的だったのは、ガザ危機だ。占領地に苛烈な軍事行動をとって多数の一般市民の犠牲者を出しているイスラエルを、欧州諸国は支持し続けた。これでは、全く説得力がない。

このダブル・スタンダードの問題については、私自身は過去にすでに何度も書いてきている。

ウクライナで発生した戦争犯罪は許さないが、ガザで続いている戦争犯罪には沈黙を貫く…欧米諸国の態度が「偽善的な二重基準」だといえるワケ  篠田英朗 現代ビジネス

ウクライナで発生した戦争犯罪は許さないが、ガザで続いている戦争犯罪には沈黙を貫く…欧米諸国の態度が「偽善的な二重基準」だといえるワケ(篠田 英朗) @gendai_biz
「敵を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」あまりにも有名な「孫氏の兵法」の言葉である。孫氏と言えば、紀元前500年の人物である。2500年の間に様々な事柄が変わったはずだ。だが、人間が人間と対峙するときに忘れてはならない事柄の本質を言い表している。

そこでここでは、むしろ現実の力の面で、欧州が疲弊してきていることについて、もう少し考えを進めてみたい。

欧州は、ロシアに対する経済制裁がブーメランとなって、エネルギー価格の高騰を招き、全般的な物価高に苦しむことになった。これが基幹的であるドイツの自動車産業などにも深刻な影響を与えてしまっている。その結果、欧州各地で、極右とされる政党が勢力を伸ばした。

初期の欧州のウクライナ支援を主導したボリス・ジョンソン英国首相は、早々と退陣した。やはり急先鋒の一人だったドイツのベアボック外相を擁したショルツ内閣は、選挙での無残な大敗を喫して退陣した。代わりに勢力を広げたのは、極右政党と分類されるAfDだ。フランスではマクロン大統領が続投しているが、ルペン氏ら右派勢力の伸長にさらされており、薄氷を踏む国内政治運営を強いられている。もう一つの主要国であるイタリアのメローニ首相は、ウクライナ支援を掲げながら高い人気を誇っている例外的な存在だが、もともとは極右と言われていた人物で、トランプ大統領に最も親しい欧州の指導者でもある。ハンガリーのオルバン首相のようにEUの方針に公然と異を唱える指導者も現れてきた。EUのフォンデアライエン委員長やカラス外交安全保障上級代表は、選挙の洗礼を受けないため、従来の路線を守りながら職にとどまり続けると思われるが、選挙で議員が選出されるEU議会では右派政党が勢力を伸ばしており、各国の国内政治との乖離が露呈しないとも限らない。

ロシアの全面侵攻から3年がたち、欧州全体が疲弊し、変化を余儀なくされている。ロシアに対する経済制裁と、ウクライナに対する武器支援で、「ウクライナは勝たなければならない」の方針を容易に実現できると考えた見込みが、甘かった。なぜこんなことになってしまったのかを念頭におきながら、カラス氏ら対ロシア急進派の発言を改めて見てみると、思うところがある。

ロシアを罰する、ロシアを弱める、ロシアを懲らしめる、という動機づけが先行しすぎている。ロシアを痛めつけることができる可能性があるのなら、それはやってみるべき政策だ、という考えにとらわれすぎている。結果として、その政策が自分たちも弱体化させるのではないか?という疑問を過小評価してしまう傾向が顕著だ。あるいは仮に自分たちが弱まっても、ロシアを懲らしめることができるなら、あえて国民に我慢を強いてでも実行しなければならない、という考えにとらわれすぎている。

たとえば、ロシアを懲らしめるはずの制裁としてのエネルギー輸入の停止は、ロシアに代替輸出先を探させただけで、欧州の一般市民を大きく苦しめている。欧州系の企業にとにかくロシアから撤退するように強いた挙句、残した資産をロシア人が活用したりしてまで地場企業で経済を維持しているのに、欧州企業は市場を失っている、といった現象が普通の出来事になってしまっている。

アメリカのトランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」の政策を「常識革命」と呼んでいる。欧州の状況と比べると、意味深い。国家は、自らの国力を充実させることを最優先に考えるべきだ。それは確かに「常識」である。

仮に国際秩序のために貢献することが長期的な啓蒙された国益にもかなうことがあるとしても、自国の国力を弱体化させる政策まで取り始めるのは、本末転倒である。自分が倒れてしまったら、敵を倒すことはもちろん、仲間を支援することすら、できなくなってしまう。

日本の「ウクライナ応援団」も、ロシアを悪魔化するあまり、とにかくロシアを貶め、ロシアとの関係を断ち、隠れ親露派と思われる人物も何とかしてあぶりだして攻撃するのを主要な活動内容とする集団となってしまった。

これは「常識」的ではない。世界の多くの諸国の人々も、達観し始めている。早くそのことに気づいたほうがいい。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。