黒坂岳央です。
これまで人は中高年に入り、老化することで能力は自然に衰えていくと広く信じられてきた。
しかし、年齢と認知能力についての論文、Age and cognitive skills: Use it or lose itによると仕事や日常生活でスキルを頻繁に使用する人は、「能力の劣化は加齢ではなく、スキルを使わなくなることが主要因」と結論付けている。これは中高年はスキルの使用を止めてしまうと、ドラスティックにスキルが衰えてしまうということを意味する。
我々は本論文のタイトルにあるように「Use it or lose it(使うか?さもなければ失う)」という現実を突きつけられている。
Dalibor Cerskov/iStock
仕事をやめたら復帰が難しくなる
「仕事=お金」と考える人は少なくない。だが、お金を払っても得られない価値を我々は仕事から得ている。人間関係、社会性、仕事のスキル、不確定性への耐性などだ。こうした複合的な能力は我々に社会性を与えているのだ。
本論文によると、「加齢するほどスキルを使わなくなった時の劣化が著しい」とある。これは仕事をやめたら復帰が難しくなる、ということを意味する。若い時はそうではないが、中高年が仕事をやめてしまうと再就職のハードルが一気に高くなるため、復帰が難しくなる片道切符になるのだ。
長期間無職になり、仕事をやめてしまうと精神的にも仕事に応募する気力や自信がなくなってしまうという話がある。これはその仕事で必要なスキルが錆びついているというだけでなく、職場での人間関係に上手に対処する能力も落ちていることを潜在的に自分でもわかるためだ。
昨今、FIREがブームになっているが、いざFIRE生活に入りインフレや株の下落などで仕事に復帰するにも中高年以降は非常に難易度が劇的に高くなってしまう。やはり、たとえ細くてもいいから仕事は完全にはやめない方が良さそうだ。
脳トレや家庭より仕事こそ一番脳に良い
また、興味深いことに脳の劣化防止に効くのは、脳トレや家庭でのスキル使用ではなく、仕事でスキルを使うことだと書かれている。具体的にはスキルの維持や向上に2倍の影響を持つ。
家庭や脳トレでは、仕事ほどの高度なスキルや即応力が求められない。筆者は子供が生まれてからは、日々仕事以上に家事育児の比重が大きい生活を送っている立場なのだが、その経験からもよく分かる。
どんな仕事にも期限、責任、取引先が存在する。現在、筆者は4冊目の商業出版の本を執筆している。日々、編集者と打ち合わせをしながら原稿を書き、雑誌の取材に対応するための資料を集め、作成している。こうした生活を送る上で、意識しないといけないことは山のようにある。
自分の意見は本当に正しいか?
客観的に説得力を感じる伝え方になっているか?
先方の期待値を超えられているか?
こうしたことに悩み、時には苦しみ、なんとか仕事をこなしている。正直、これほどまでに頭を使い、調べ物をし、多面的に考えて常識を疑い、主観を外して客観的に思考する経験は仕事以外ではあり得ない。仕事は自分を成長させてくれている感覚は非常に強い。
年を取って能力低下が心配な老人は少なくないが、漢字ドリルや脳トレの算数ドリルを解くくらいなら、仕事をすることを勧めたい。仕事なら強制的に能力を使うことになるし、さらにお金までもらえて先方からも感謝される。コスパはまさしく最強である。
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日々、仕事をしていると壁にぶつかり、時に夜も枕を高くして眠れぬほどのピンチと感じることもある。だがこのピンチに対して、プレッシャーとともに不思議なほどワクワクする自分もいる。このピンチが自分を成長させてくれると感じるからだ。どうやらこの漠然とした直感は正しかったようである。人は仕事によって社会性を維持しているのだ。
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