あいかわず文谷さんが軍オタを煽っております(笑
日本に「戦車」は本当に必須なのか?防衛省も認める削減方針に、なぜか「軍事オタク」が猛反発するワケ海空優先vs感情論の衝突を考える
なぜ、軍事オタクは通用しない理屈を振り回すのか。
思考の抽象度を調節できないからだ。軍事オタクは兵器に興味を持つが、戦力としての客観視ができない。抽象化が苦手だからだ。そのため戦車戦力の削減方針を理解も受容もできない。そこで「それは『戦車不要論』だ」と不愉快な現実を否認しようとするのである
ライターは「戦車軽視は誤っている、なぜなら」と、こすり尽くした。そうしないと読者は喜ばないし、自分が書いている戦車記事も価値を強調できない。
「敵国は日本を滅ぼそうとしている」といった宗教的な国難思想がある。だが現実世界はそうなってはいない。
個別の兵器から機械的な特徴を取り去り、戦力として見るといった抽象化ができない。戦車は陸上戦力の一要素にすぎず、その陸上戦力も防衛力の一要素であり、さらに防衛力も安全保障の一要素に過ぎないといった整理はできない。
>「ボクが大好きな戦車が役立たずな訳がない」といった認識の間にある心理的矛盾を解消しようとするのである。
自称軍事通の軍オタさんたちのいっている戦車必要論は概ね、観念左翼のお気持ち平和主義と同じです。まず戦車が必要だ、なぜなら自分が大好きだ、というドグマから始まっている。その点では同様にお花畑です。
陸上自衛隊HPより
基本戦車必要論の根底には、戦車は必要だ、それは俺が戦車が好きだからというのがあります。それにネットで拾った知識を貼り付けて「理論武装」しているだけです。だから物事の本質が理解できないし、財務省が戦車のあり方を見直すべきだとレポートで書いたら、戦車不要論だと噛みつくわけです。基本的に軍事情報以前に人間としての教養や思考レベルが低すぎる。新興宗教に騙されて家族を加入させるために口汚く罵るのはこのタイプです。
陸自に戦車が不要なのは主に以下の二点です。
1)島国という「我が国固有の環境」において戦車は必要不可欠ではなく、あれば便利といったものだから。
まず連隊規模の戦車が揚陸してくることは制空権、制海権、そして輸送力の問題からほとんど不可能です。国防において戦闘機は制空権の維持のために必要不可欠だが、戦車の優先順位は相当低い。その程度のものです。
2)陸自に軍事の専門家として機甲戦力を運用する能力がないから。
率直に申し上げて陸自の機甲戦力の運用能力は欠如している。つまり戦車があっても猫に小判、豚に真珠です。
新型戦車を磨いて「ハアハア」いっていれば幸せであり、そこいらの軍オタよりレベルが低い。小学生に乗用車が必要ないのと同じレベルです。
戦車だけを更新し、歩兵戦闘車、戦闘工兵車、自走迫撃砲、自走架橋など機甲戦に必要な装甲車両や機材は何十年も放置されている。第7師団は実質第7機甲博物館です。
トランスポーターもろくにない。そして74式が旧式にまかせてもつい最近まで現役においていた。実戦では使い物にならないのに退役させて、その人員や予算を他の機甲アセットに回すということができない。
それは無能だからです。
自称軍事痛(通か笑)の軍オタさんたち、この点を指摘しても何の反論もできない。彼らは国産新型戦車があれば、テクノナショナリズムのオナニーができるからそれでいい、国防なんて考えていない。
まして国の防衛予算には上限があり、そのなかで優先順位があるということも理解できない。この手合に限って佐藤大輔のファンだとか自称するわけですが、兵站や予算の確保が理解できない。
基本陸幕は新型戦車がほしいというドグマありきで、それさえあればほかはいらないというそこいらの軍オタレベルです。新しい戦車を買いたいというだけの素人以下の集団に予算と人員、その他のアセットを与えて税金をムダ遣いすべきではない。
限られた予算であれば機甲戦力を維持するならば戦車の数を削減し、新型開発ではなく90式の近代化でよかった。他国は概ねそうしています。浮いた予算で上記のような機甲戦アセットの近代化をすべきだった。戦車300両と、骨董品で動かない機甲アセットがあっても機甲戦闘はできません。
しかもお大事の10式すらネットワーク化すら満足にできていない。AMVもコータムしか搭載していないから音声無線機とせいぜいメールがでるだけ。防御力も他国の3.5世代に戦車のレベルにはない。小さいからその分装甲が厚いとか屁理屈をこねていますが、であれば74式は10式よりも防御力が強いことになる。他国は分厚い複合装甲を使っているのに、わすか数センチの厚みの鋼板で同等の防御力は確保できません。はじめに10式サイコーというドグマがあるので、それにそって理屈をつけるから現実が見えない。まるでザリガニでエビフライ作るようなものです。いくら衣をいじってもザリガニがエビフライになることはない。
つまり新型戦車があっても無駄ということです。
陸幕は大草原で敵の戦車部隊と我が戦車部隊の機甲戦、というファンタジーを夢見ているだけです。あるいはゴジラに備えているのか。男のロマンなのでしょうが、現実的にはありえない話です。男のロマンは宇宙戦艦ヤマトだけにしてほしいものです。
ゲリコマ対処を重視というならばそれようの電子信管をもった榴弾を開発するなり、導入するなりすべきでしたが、それもやらず、歩兵と連絡するための電話も、RWSも搭載しなかった。搭載すると金がかかるし、重量が増えて10式が必要とされる非現実的な「設定」が崩れるからです。
夢想的な機甲戦力という「お遊戯」している兵隊や予算があるならば、ドローンやドローン対処、ネットワーク化などに振り向けるべきです。
10式は単に新型戦車が欲しいという駄々っ子レベルの欲求を満たすために、いかに90式では駄目かという屁理屈をこねたけです。増加装甲と燃料、弾薬おろして40トンにしないと内地で運用できないという現実離れした「設定」にしたので、近代化も不可能です。そもそも転輪を6輪から5輪に減らしたので、更に車内容積が減って近代化は難しい。特に無人砲塔の導入は絶望的です。そして防御力も他国の戦車に大きく劣っており、ドローン攻撃では虐殺の対象でしかない。
かといって重量を増やすと、まるでショーンKのような「設定」が崩れて、開発理由は嘘だったのかと言われるわけです。
更に申せば陸自16万人体制の維持は不可能です。少子高齢化で人口が減る中、いくら待遇を上げても集められる隊員の数は限られている。現状既存部隊を潰さないでボコボコ新しい、部隊をつくっているから、既存部隊は骸骨みたいなものです。この点からも優先順位が低い戦車と機甲部隊は廃止すべきです。せいぜい種火程度で教育所要とあわせて100両も残せばいいでしょう。
ですが、そう言えば条件闘争をするでしょうから、やはり潔く全廃すべきです。
あるいは戦車の代わりに16式MCVを使えばいい。それでも機甲戦の種火は残せます。
第二次大戦前のドイツ軍は描きわりの戦車を使って訓練していたのですから、それより、よほど上等です。
端的に言えば戦車の維持は「小人居して不善を為す」の類です。
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財政制度分科会(令和6年10月28日開催)資料
防衛
防衛(参考資料)
財政制度分科会(令和6年10月28日開催)資料
防衛
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編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2025年4月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。