前回の記事で、「ラーメン屋で自己負担3割で食べれたら、どうなるか?」という記事を書いたところ、たくさんの反響をいただきました。ありがとうございました。
感情論抜きで、日本の医療制度について考えてほしかったので、あえて、ラーメン屋という例で書きました。
今回は、この「ラーメンが3割負担(客にとっては7割引。その7割は公費負担)で食べられる空想の世界」の話の続きです。
「リソースは無限ではなく、限られたものである」という点について、考えてみましょう。
※前回の記事は下記です。
ふだんはチャーシュー麺ではなく、安い塩ラーメンを選んでいた人までチャーシュー麺を食べるようになりました。
そして、今までは月に1回、チャーシュー麺を食べにラーメン屋に行ってた人は、週に1回行くようになりました。さらに、普段は外食せずに自炊していた人まで、ラーメン屋に通うようになりました。
さて、何がおこるでしょうか?
ラーメン屋は大繁盛する一方、ラーメン屋以外の外食産業(飲食店)は、客をラーメン屋にとられ、売上が下がってしまいました。
たとえば、従来は「1ヶ月に外食を2回」していた人を考えてみましょう。
2回のうち、1回はラーメン屋、もう1回はとんかつ屋で食べていたとします。
「ラーメン自己負担3割」になると、「ラーメンがそんなに安く食べられるなら、とんかつは止めて、外食は2回ともラーメンにしよう」となるかもしれません。
ラーメン屋が繁盛する一方、競合店であったとんかつ屋は、客が減って売上が下がってしまいます。
ラーメン屋では、次に何がおこるでしょうか?
K3/iStock
チャーシュー麺の注文が従来よりも増えたことで、店のチャーシュー(豚肉)が足りなくなってしまいました。
※実はラーメン屋は、「3割負担」の条件として、「ラーメンの販売価格は固定すること」と政府に規制されていました。
つまり、チャーシュー麺(1200円)は、どんなにたくさん注文が入っても(どんなにたくさん売れても)1200円という価格は固定されています。これは「政府による統制価格」です。
これが自由市場ならば、もし原材料が欠品になるほどの超人気商品であれば、販売価格を値上げすることで、その需要は減ります。
チャーシュー麺に使うチャーシューが足りなくなってしまったラーメン屋は、「豚肉の仕入れ量」を従来よりも増やそうとします。
これにより、「食肉の卸業者」は、ラーメン屋からの豚肉の注文が増えます。
しかし、その卸業者は、ラーメン屋以外にも、とんかつ屋やスーパーにも豚肉を卸していました。
急にラーメン屋からの注文が増えたことので、食肉の卸業者も豚肉が足りなくなりました。そこで、卸業者は「大量注文してくれるラーメン屋を優先しよう」と考えます。今までとんかつ屋やスーパーに卸していた分を、ラーメン屋に回すことにしました。
※本来(自由市場)であれば、豚肉の注文が増えた食肉の卸業者は、豚肉の販売価格を値上げすることで、この急激な需要に対応することができます。
しかし、政府の介入により統制された経済では、豚肉の価格も政府が介入する(「規制と補助金」という「アメとムチ」など)で、自由に値上げすることはできなくなると考えられます。
安く食べられる(3割負担)ラーメン屋には、客がたくさん通うようになり、店は大繁盛します。
今までは店主とアルバイト数名で店を切り盛りしていたけど、とても人手が足りません。
ラーメン屋は儲かっているので、高額の給料でたくさんの求人募集を開始しました。
高額の給料に釣られて、応募もたくさん来ます。
能力の高い人材をたくさん採用することができました。
ここで問題なのは、「豚肉」も「人手(労働者)」も無限ではないことです。つまり、「リソースは限られている」のです。
食肉の卸業者が、ラーメン屋に卸す豚肉の量が増えれば、とんかつ屋やスーパーに卸す量は減ってしまいます。急に原材料が入手できなくなったため、とんかつ屋は、困ってしまいました。
さらに、先ほど書いたように、とんかつ屋は外食産業としてラーメン屋と競合しており、客がラーメン屋にとられることで売上も下がっていました。
客もとられ、原材料もとられという2重苦で、とんかつ屋は倒産の危機に陥ります。
また、「人手(労働者)」の数も当然限られています。ラーメン屋は多くの人を雇用できてよかったでしょうが、本来それらの人たちは、とんかつ屋を含む別の職場(別の業種)で働いていたはずです。それらの場所では、人手不足で困ってしまうでしょう。
「豚肉」「人手(労働者)」だけでなく、すべての原材料・モノは、無限にあるわけではありません。リソースは無限ではありません。利用できる数は限られているのです。
当たり前の話ですが、重要なことなので、繰り返し書きます。リソースは無限ではありません。これは経済学で「財の希少性」と言われます。
ラーメン店で豚肉を大量に使えば、他の店では豚肉が不足します。
同様に、ラーメン店に労働者が集中したら、他の店(業種)では人手不足になるのです。
これらの変化はすべて、「ラーメン屋の客は自己負担3割で食べれる」という制度が引き起こしたものです。
この制度がなければ、とんかつ屋は倒産しないでしょうし、他の業種(職場)も人手不足で困ることはなかったのです。
この「ラーメン店の繁盛」が自由市場の結果であれば、問題はありません。
自由市場であれば、販売価格の調整によって、急激な需要に対応可能です。
さらに、「ラーメン自己負担3割」の世界では、チャーシュー麺(1200円)に対する「本当の需要ではない」ことに注目してください。この需要、つまり客がラーメン屋に殺到した理由は、「3割負担(7割引)で食べられるから」です。「チャーシュー麺(1200円)」に対する需要ではなく、「チャーシュー麺(360円)」に対する需要なのです。
さて、これは「ラーメン自己負担3割」という空想の世界のお話でした。
現実の世界では、日本の医療制度(自己負担3割)で、本質的にこれと同じことがおこっています。
たとえば、多くの人材が医療分野で働いています。高校時に成績の良かったこどもたちの多くは、大学は医学部に進学し、ある意味で優秀な人材が、医者という職業に偏っているという問題があります。他の分野で研究開発に従事する人材が不足することになります。
また、医者だけではなく、看護師など多くの人たちが医療分野で働いています。「3割負担」の制度でなければ、これほど多くの人が医療分野に集中することはなかったでしょう。
最後に、「財の希少性」に限らず、政府の統制でおこる他の問題について、簡単に書きたいと思います。
「ラーメン3割負担」の架空の世界では、ラーメン屋以外の飲食店は馬鹿らしくなって、自分の店を閉めて、新しくラーメン屋を始めるかもしれません。多種多様だった外食産業は、ラーメン屋ばかりになってしまうかもしれません。
また、「食肉の卸業者」についても、もう少し考えてみましょう。
食肉の卸業者は、それまで豚肉と鶏肉を販売していたと仮定します。
そこに、ラーメン屋からの注文が増え、豚肉がよく売れるようになりました。
そこで、食肉の卸業者は「鶏肉の取り扱いをやめて、豚肉に集中したほうが得だな」と考えるかもしれません。
豚肉の需要が高まることで、養豚場ではもっと豚を育てようとするでしょう。
数年たつと、養豚場の数が増え、養鶏場の多くは倒産してしまうでしょう。
そして、豚を養うための飼料がたくさん売れるようになり、鶏用の飼料は売上が減ってしまい、鶏飼料販売会社も倒産してしまうでしょう。
このように、政府の介入によって、本来の社会を構成している産業や企業のの構成が歪んだものになります。
また、実際には、とんかつ屋は倒産する前に「とんかつも自己負担3割にしろ」と要求するでしょうし、卸業者や養豚場または養鶏場は「補助金をくれ」と政府に要求するかもしれません。
このように、自由市場に政府が介入すると、市場が歪み、さらに政府の介入を求める声が上がり、それに応えて政府が介入し…と、どんどん介入・統制が進むことになります。
これは社会主義の統制経済そのものです。
そして、どの産業や店に、どの程度の補助金を出す等の優遇処置をするか、それを決めるのは政府や官僚機構になります。
さらに、政府から補助をしてもらえば、同時に規制を押し付けられたり、天下りを受け入れさせられるなど、政府や官僚機構の言いなりになっていきます。最終的には「経済活動の自由」ひいては「個人の自由」がなくなっていきます。これは、まさに「隷従への道」なのです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今回は、「リソースは無限ではない」「財の希少性」という話でした。
ラーメン屋という身近な例で空想してみることで、日本の公的医療制度でおこっていることの本質を考えるきっかけになれば嬉しいです。
編集部より:この記事は自由主義研究所のnote 2025年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は自由主義研究所のnoteをご覧ください。