ニュース価値の冷静な判断を欠く
連日、トランプ米大統領が政策を次々に打ち上げる劇場型の演出に対し、メディアも過剰、過大な報道でフォローしています。「トランプ氏は世界史上、最大の経済政策の過ちを犯している」との批判が識者から聞かれます。メディアの過剰報道が結果として、「誤れるトランプ氏」の宣伝組織になっていると思います。
トランプ大統領 ホワイトハウスXより
トランプ氏の政策、言動は「場当たり的、一貫性に欠ける朝礼暮改、経済政策の無知・意図的な無知や誤解、センセーショナルな打ち上げ花火」に満ちています。メディアはそうした批判をしながら、みずからやっていることは、「誤れるトランプ政策の拡散」に加担しているのではないでしょうか。
トランプ氏は「メディア戦略型」の政治手法を駆使しています。ネットで一方的に真偽が入り混じった情報を次々に流し、自分が先手をとる。メディアはそれに乗せられています。「暴言」があっても、「また暴言」という報道を流し、結局、「暴言」を拡散しているのです。
日本の新聞社説をみると、「世界は安定を取り戻すどころか混迷を深めてしまった」(日経)、「脅しに近い一方的な要求と軌道修正を繰り返し、世界中で大混乱を引き起こしている」(読売)、「米国の関税措置は身勝手で根拠に乏しく、世界経済を脅かす暴挙だ」(朝日)と、きちんと批判しています。
問題は「混迷を深める一方的な政策」、「大混乱を引き起こす措置」、「世界経済に対する暴挙」を、新聞の1面トップ記事、テレビのトップニュースで取り上げ、結果として、「トランプ氏の錯誤を拡散する共犯者になっていないか」という点です。確かにトランプ氏の政策、言動についてメディアは批判しています。欠けているのは、自らの報道姿勢に対する自己検証です。
ChatGTPを検索したところ、「米国メディアには、トランプ報道に対する自己批判、反省、自己検証がされるようになってきた。真偽ごちゃまぜの報道のし過ぎを反省し、政策の現実性、実行可能性を評価したうえで、ニュース価値、扱いの程度を判断していこう」とのことです。
日本の報道でも「トランプ氏が描く『要塞国家の世界』。近隣を圧する帝国主義の台頭」、「ソフトパワー(非軍事的影響力)を失う米国」など、外国人識者の大きなコラムを掲載し、大きな視野からの問題提起は参考になります。繰り返しますと、日々の報道でも、センセーショナルにならず、トランプ氏が仕掛けてくる「罠」にはまらず、「報道しない自由、無視・軽視する自由、検証を繰り返す報道」が必要なのです。
典型的なケースは米中貿易戦争です。双方が懲罰的な関税を段階的に積み上げ、最終的には約150%に達しました。対中政策がトランプ氏の最大のテーマであったにせよ、150%などという高関税は非現実的で、打ち上げ花火に過ぎません。
米国のスマホ、パソコンの8割は中国製、小さいところでは玩具の4分の3が中国製という現実をみれば、貿易禁止に相当する150%関税は現実的ではありません。にも拘わらず、新聞、テレビはトップニュースでした。案の定、5月13日には、双方が115%ずつ関税を引き下げ、米国の対中は30%、中国の対米は10%に引き上げることで合意しました。
90日間の暫定合意で交渉次第では、また双方は報復を再開するでしょう。それにしても現実的な可能性を冷静に判断して、ニュース価値に沿った扱いをすべきです。メディアが政権、政府の宣伝部隊になってはいけないという反省を聞きたい、読みたい。NY株は急落、急騰(13日は1100㌦高)し、投機家はほくそ笑んだことでしょう。市場を動揺させたのは、メディアにも過剰、過大な責任があるでしょう。
過大報道と言えば、トランプ氏が大統領就任演説(1月20日)で「米国第一主義で黄金時代が今、始まる」と述べたことに反応し、新聞はトップ見出しを大々的な「黄金時代」で飾りました。就任100日の評価は「トランプ氏の登場で、世界は新たな混乱の世紀を迎えた」です。劇場型のトランプ氏の言動を真に受けてはいけない典型的なケースです。
就任100日では、メディアの自己検証が必要でした。日本の新聞、テレビには、トランプ批判は溢れていました。欠けていたのは、日本のメディアの報道姿勢に対する自己検証でした。今後、トランプ流の政治家が次々に出てくるでしょう。メディアは報道姿勢の自省を繰り返すことが必要です。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。