歌川国芳画『神功皇后』
Wikipediaより
要旨
西欧諸国は1980年以降、王位継承法を男女平等の絶対長子相続制へ改正し、王女が皇太子・女王となる事例が常態化した。もっとも王女の夫――すなわち王配(Prince Consort)――にはいずれの国でも王位請求権が認められず、配偶者の実家が王統を主張する道も閉ざされている。西欧史を振り返れば、テューダー‐ステュアート‐ハノーヴァー朝の交代やスウェーデンにおけるベルナドット家の擁立など、「王家そのものの交代」を通じて制度を維持した事実が多い。
対照的に日本の皇室は、父系男子継承を条文で明記する世界でも稀有なケースであり、「万世一系」の神話的物語が国家祭祀と結びついてきた。八人十代の女性天皇は存在するが、いずれも父系男子を次につなぐ中継ぎの在位であった。21世紀に入り継承資格者が三名にまで減少した結果、女系容認論が浮上する一方、2021年の有識者会議報告は旧宮家男子の養子縁組など「男系維持型」の方策を提案するにとどまった。
本稿は、(1) 西欧諸国の制度改正過程と王配の無権利という慣行、(2) 日本皇室の歴史的・文化的特質、(3) 女系導入のメリットと潜在的リスクを実証的に検証する。その上で、女系導入を「反対」あるいは「推進」と単純に結論付けるのではなく、男系維持策を先行させつつ、女系の可否を段階的・公開的議論に付すという中立的姿勢を提案する。
1 問題設定と方法論
1.1 女系天皇論争の射程
皇位継承資格の狭隘化は制度存続そのものへの脅威となる。一方で皇位の象徴的正統性は、祭祀継承と歴史物語の連続性に依拠する。ゆえに「血統の連続」と「制度の存続」という二つの価値がしばしば衝突する。本稿は比較政治史の手法を取り、両価値を同時に視野へ収める。
1.2 資料と先行研究
西欧各国の憲法・継承法改正史、日本政府有識者会議報告、国際機関勧告、世論調査結果、祭祀研究などを一次・二次資料として用いた。
2 西欧王位継承法の男女平等化
2.1 改正の時系列
スウェーデンは1979年法(1980年施行)で男女完全平等を世界に先駆け導入した。オランダ(1983)、ノルウェー(1990・遡及なし)、ベルギー(1991)、デンマーク(2009)、英国(2013・2015年発効)と続く。
2.2 血統交代の歴史的慣行
英国は1917年、ドイツ系「サクス=コバーグ=ゴータ」家を「ウィンザー」へ改称し王家イメージを刷新した。スウェーデンでは1810年、フランス元帥ジャン=バティスト・ベルナドットを招き、ベルナドット朝が成立する。スペインも内乱・独裁を経て1975年にブルボン家が王政復古した。これらは王統継続よりも国家と王権の実利的調和を優先した例である。
2.3 王配の地位と王位請求権の不在
英国のフィリップ王配、スウェーデンのダニエル王配、デンマークのヘンリック王配はいずれも王位を主張せず、称号は「Prince Consort」にとどまる。ヘンリック王配は「King Consort」未授与への不満を公言し、同陵に埋葬されない選択をした事件が象徴的である。
3 日本の皇位継承史
3.1 女性天皇と女系天皇の峻別
推古・持統など八人十代の女性天皇はいずれも男系血統であり、在位後は父系男子へ皇位を引き渡した。女系(母系)天皇の先例はない。
3.2 法的規範の確立
明治皇室典範(1889)および現行皇室典範(1947)は第1条で「皇統に属する男系男子」と規定し、近代以降は条文で父系男子限定を明文化した。
3.3 継承危機と近年の議論
皇位継承資格者は秋篠宮皇嗣・悠仁親王ら3名に過ぎず、女性皇族の婚姻による皇族数減も深刻である。2021年の政府有識者会議は旧宮家男子の養子縁組、女性皇族の婚姻後身分保持を提案したが、女系容認は検討対象外とした。一方、国民世論では8~9割が女性天皇に賛成との調査が複数報告されている。
4 文化・宗教的比較
4.1 父系神統と宮中祭祀
天皇家は伊勢神宮における天照大神の父系祭祀継承者と位置づけられる。Y染色体の連続性を重視する声は保守派議論の中心的論拠であり、「旧宮家男子帰還論」はここに根差す。
4.2 西欧君主制の世俗化
西欧では王権神授説が19世紀までに否定され、君主は「立憲国家の儀礼的元首」として存立する。
血統神話の宗教的拘束力が希薄なため、制度改正への心理的障壁が小さい。
5 女系導入の利点と懸念
5.1 期待される効果
第一に皇統断絶リスクの大幅低減。第二に国際人権基準(CEDAW勧告等)や国内世論との整合性向上。
5.2 潜在的リスク
- 父系神統物語の希薄化――国家祭祀の宗教的正統性が相対化される可能性。
- 皇婿・外戚の影響力問題――西欧では王配に継承権がないが、日本で同様の慣行が機能する保証はない。
- 皇統分立の政治化――母系と父系が併存すれば、象徴権威の重層化が政治的対立の火種となり得る。
6 政策オプションの検討
6.1 男系維持型の漸進策
(1) 旧宮家男系男子の養子縁組合法化、(2) 女性皇族の婚姻後身分保持による皇族数確保、(3) 祭祀儀礼の簡素化による公務負担軽減――を段階的に実施し、制度安定を図る。
6.2 女系容認議論の段階的深化
上記策を実行しつつ、女系導入が皇位の象徴機能・国家神話に与える影響を学術・国民的に検証し、結論を拙速に出さない「公開討議モデル」が望ましい。
結論
西欧の経験は、君主制存続の鍵が必ずしも「血統の純粋性」ではなく、社会・政治環境との柔軟な調和にあることを示す。一方、日本皇室の特殊性は父系祭祀と歴史物語の重層性にあり、そこから発する象徴的権威は国民統合の要である。
よって、(a) 男系維持策で当面の継承安定を確保し、(b) 女系導入の文化・制度的帰結を時間をかけて検証し、(c) 最終判断を国民的合意に委ねる――という段階的かつ中立的アプローチが現時点で最も妥当と考えられる。
編集部より:この記事は、政策ペンギン氏のXポスト(2025年5月17日)より許可を得て転載いたしました。