NHKより
スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどで買い物すると、店員さんが棚の商品を並べ替えているのに良く出くわす。古い品物を手前に移し、新たに仕入れた品物を奥に置いている。いわゆる「先入れ先出し」のためだ。特に賞味期限の短い食品や青果物などは、それを怠ると閉店間際に安売りしたり、更には廃棄したりする羽目になり、採算を悪化させるからだ。
24日に北海道内の大手食品スーパーを視察した小泉農水相が、同店の幹部との面談で「これまでに仕入れたコメと価格差をつけて並べるよう要請」し、幹部も了承したと、同日の『読売新聞』が報じている。筆者はこの記事を読み、先が思いやられると感じた。この「小泉並べ」にはいくつか問題があるからだ。
先ず「先入れ先出し」にそぐわない。確かに現在のコメ事情に鑑みれば、高かろうが安かろうが棚に並ぶなり直ぐに売れるだろうから、売れ残って賞味期限が来るような事態にはなるまい。が、「価格差をつけて並べる」となると、大臣が2千円台にするという備蓄米:「小泉米」ばかりが先に売れて、前に仕入れた4千円台のコメが売れ残る。
そうなると、運よく「小泉米」にありつけた者だけしか恩恵に浴せないことになる。いま仮に4500円/5kgで売る予定の在庫が500袋あり、そこへ総理ご要望の3千円台、仮に3500円の「小泉米」が500袋入荷したとする。きっと販売店は「『小泉米』入荷! お1人様1袋限り」などと表示することだろう。
その場合、1000袋の価格を平均して4千円で売るなら、従来価格に比べて500円のメリットを1000人が享受できる。が、「小泉並べ」で売るなら500人が1000円のメリットにありつける一方、500人は従来通りの4500円で買わねばならない。どちらが好ましいかといえば、やはり前者ではなかろうか。
加えて、販売店の在庫(棚卸資産)評価の問題がある。在庫の評価法には、「先入先出法」、「移動平均法」、「総平均法」などいくつかある。所得税の対象である利益は、「売上高-「売上原価(期首在庫+当期仕入高-期末在庫)」で算出されるから、在庫評価は税務上も極めて重要であり、粉飾決算や黒字倒産などの多くはこれの誤魔化しやミスで起こる。
以下にケーススタディしてみる。棚卸資産の評価額は「在庫品の仕入単価×数量」が前提である。
5月から商売を始めたある米屋の仕入れが、5月は4千円x500袋=2.000千円、6月は3千円x500袋=1,500千円だった一方、販売が、5月は4500円x400袋=1,800千円、6月は4500円x100袋=450千円+3500円x400袋=1,400千円の計500袋で1,850千円だったとする。
先ず「移動平均法」による6月末在庫の評価では次のように計算される:
期首在庫の評価:4千円x100袋=400千円、6月仕入高:3千円x500袋=1,500千円、6月末在庫評価:(40千円+1.500千円=1,900千円)÷(100袋+500袋=600袋)≠3167円/袋=316.7千円。
この場合、5月の利益は「1,800千円」-「0+(4千円x500袋=2,000千円)-(4千円x100袋=400千円)」=200千円。6月の利益は、「1.850千円」-「400千円+(3千円x500袋=1,500千円)-(3167円x100袋=316.7千円)」=266.7千円」となり、5・6月合計で466.7千円と計算される。
また5・6月の売上高と仕入のキャッシュフロー(CF)は、売上高が1,800千円+1,850千円=3,650千円のキャッシュイン、仕入額が2,000千円+1.500千円=3.500千円のキャッシュアウトなので、150千円ほど「イン」が多い。この150千円と5・6月の利益466.7千円との差額316.7千円円は6月末の在庫評価額に等しい。
つまり、7月に売上や仕入れがない場合でも、在庫評価額316.7千円の売上原価だけが発生して、損失となる。が、もし7月に3500円で100袋を販売すれば、350千円の売上高が生じるから、売上原価(在庫評価額)316.7千円との差額33.3千円が7月の利益(キャッシュフローも同額)となる。
一方、「先入先出法」では、先に仕入れた商品から販売したと仮定して在庫を評価するので「移動平均法」よりも単純である。5月は「移動平均法」と同額だが、6月の利益は次のように計算される:
「1.850千円」-「400千円+(3千円x500袋=1,500千円)-(3千円x100袋=300千円)」=250千円。5月の利益200千円と合計で450千円となる。CF150千円との差額300千円は、6月末在庫の評価額300千円と等しい。これが7月に3500円で100袋販売されれば50千円が利益になる。
結果、「移動平均法」と「先入先出法」の在庫評価の違いによって、このケースでは5・6月の利益に、6月末の在庫評価額の差と同額の16.7千円(33.3千円と50千円)の差が生じた。
「移動平均法」は仕入れの都度、既存在庫と「移動平均」して在庫評価を行うので、経営判断がし易いので、システム化が進んでいる大企業の多くはこれを採用している。他方、「先入先出法」は決算時にだけ在庫評価を行うので、日常の手間は掛からないが、経営判断が遅れることがあるとされる。
農水大臣に「小泉米」を、「価格差をつけて並べるよう要請」されたスーパーは年間の連結売上高が6千億円規模だから、在庫評価方法をもし変更するとなれば、膨大な額の差異が前期比で生じる可能性がある。有価証券報告で届け出ている在庫評価方法を変更する必要もあるかも知れない。
『読売』の記事を読んで、こんなことを夢想した訳だが、これから随意契約で放出される何十万トンかの備蓄米を「小泉並べ」するとなれば、何十社かになるであろう随意契約先をどう選定するかと共に、縷説したような課題も選定された随意契約先に生じることになるのではなかろうか。
競争入札から随意契約に変えることによる、備蓄米の価格低下を誇示したいがための「小泉米並べ」であろう。けれど、そんなことは販売先に任せれば良いのであって、大臣にはもっと根本的な農政改革に頭を使ってもらいたい。