会社だって人間だもの? 「企業は合理的」という幻想

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スーパーやコンビニでの買い物を思い浮かべてください。新商品の派手なパッケージに惹かれて、つい手に取ってしまった経験はありませんか?このような衝動買いは個人消費者(BtoC)特有の現象だと思われがちです。

武器としての行動経済学:「売れる」のウラ教えます』(弓削徹 著)あさ出版

行動経済学から見る企業間取引

企業間取引(BtoB)では「組織として合理的な判断が下される」という前提で語られることが多く、「行動経済学はBtoBには当てはまらない」という声も少なくありません。しかし本当にそうでしょうか。いくつかのケースを検証してみます。

日本のBtoB市場は約350兆円規模に達し、GDPの約7割を占める巨大市場です。この巨額な取引において、もし非合理的な判断が横行しているとすれば、日本経済全体への影響は計り知れません。

経済産業省が実施した「企業間取引における意思決定プロセス調査」によると、驚くべき実態が明らかになりました。BtoB取引において「完全に合理的な判断を行っている」と回答した企業はわずか23%。残りの77%は「感情的要素」「人間関係」「過去の経緯」などの非合理的要素が意思決定に影響していることが明らかにされました。

マッキンゼー社の2024年レポートでは、「BtoB購買担当者の68%が、論理的分析よりも直感や感情を重視する場面がある」と報告されています。これは「企業は合理的」という常識を覆す典型的な数字と言えると思います。

「コンコルド効果」の罠

行動経済学の代表的な概念「コンコルド効果(サンクコスト効果)」は、BtoB取引でも頻繁に見られます。

東京商工リサーチの2023年調査によれば、IT投資の失敗プロジェクトにおいて、企業の約4割が「すでに投じた費用がもったいない」という理由で損失拡大を招いていることが判明しています。

ある製造業では、明らかに効果の出ない基幹システムの開発に5年間で12億円を投じ続け、最終的に全てを無駄にするケースも報告されています。

コンコルド効果の怖さは、投資額が大きいほど「引き返せない」心理が強くなることです。個人の数千円の買い物よりも、企業の数千万円の取引の方が、より深刻な判断ミスを招く可能性があるのです。

感情に左右される企業

近年増加している企業詐欺事件の分析から、興味深い傾向が見えてきます。国民生活センターの2024年報告書によると、法人が被害に遭った詐欺事件の75%で「権威性」や「希少性」といった心理的トリガーが使われていました。

「元外資系コンサル出身」「海外MBA取得」「政府系ファンド出身」といった肩書きを全面に押し出した詐欺師に、上場企業すら騙されているのです。これは行動経済学でいう「ハロー効果」—一つの優れた特徴が全体評価を歪める現象—の典型例です。

論理的には別の業者の方が条件が良いと分かっていても、長年付き合いのある取引先を優遇してしまうことがある。それが人間関係というものなのです。感情が合理性を上回る瞬間は、企業取引でも確実に存在します。

ダニエル・カーネマンは「我々は自分が思うほど合理的ではない」と述べました。相手の心理を理解し、自分自身の判断バイアスを認識することが、真に「合理的」なビジネスの第一歩なのかもしれません。

尾藤 克之(コラムニスト・著述家)

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