前大統領夫人、スペイン国籍申請に批判の声
メキシコの前大統領ロペス・オブラドール氏の妻、ベアトゥリス・グティエレス・ミュレール氏が、最近スペイン国籍の取得を申請していたことが明らかになった。スペインと歴史的なつながりのあるメキシコ人がスペイン国籍を申請すること自体は、特段珍しいことではない。
しかし、彼女はかつて、16世紀にメキシコを征服したスペインの軍人ヘルナン・コルテスによる「アステカ族の虐殺」を理由に、現スペイン国王フェリペ6世に謝罪を求めた急先鋒として知られている。そのようにスペインを非難しておきながら、自らはスペイン国籍を希望するという行為は、スペイン国内では道義的に理解しがたい自己矛盾だと受け取られている。
コルテスの「虐殺」論に歴史的異論
メキシコでは約80年にわたって右派政権が続いたが、ロペス・オブラドール氏が左派初の大統領として就任した。左派政権にありがちな傾向として、歴史を深く検証せず、過去の外国支配をポピュリズムの材料にして批判することがある。
歴史学者でもあるベアトゥリス夫人の影響を受け、ロペス・オブラドール氏は2022年、大統領在任中にヘルナン・コルテスの行為を「虐殺」と非難し、フェリペ6世に謝罪を要求した。しかしこの要求には、メキシコ国内からも「今さら500年前の出来事を持ち出しても意味がない」といった批判が集まった。
なお、1990年には当時のスペイン国王ファン・カルロス1世とソフィア王妃がメキシコのオアハカを訪問した際、すでに一定の謝意を表明している。
実際、コルテスは16世紀初頭、わずか600人の兵と16頭の馬を率いて11隻の帆船でメキシコに上陸したとされている。700万人といわれるアステカ族を滅ぼしたのは、主にアステカ族と敵対していた先住部族の連合軍であり、コルテス軍はその指導者に過ぎなかったとの見解が有力である。
スペインのメキシコへの貢献
スペインは征服後、メキシコの社会・教育制度の発展にも貢献した。たとえば、メキシコ最初の大学は1553年に創設されており、これはアメリカ最古のハーバード大学(1636年創設)よりも早い。
現代においてもスペインとメキシコの関係は緊密で、スペイン企業約7,000社がメキシコに進出している。ラテンアメリカにおけるスペインの最大の投資先はメキシコであり、スペインの大手銀行BBVAの利益の半分はメキシコ市場から得られている。
こうした友好関係の中で、あらためて謝罪を求めるというロペス・オブラドール前大統領の姿勢は軽率であり、国内でも批判が巻き起こった。その主張を支えたのが他ならぬベアトゥリス夫人であり、今回の国籍申請と合わせて、ますます道義性が問われる事態となっている。
彼女の祖父母がスペイン人であったことが、スペイン国籍取得の根拠とされている。単なる滞在許可(査証)ではなく、国籍取得を選んだ理由は、スペイン人としてEU圏内を自由に移動し、研究テーマを深めるためだという。これまで批判していた国の国籍を、利便性のために取得しようとする姿勢には、自己都合と映る面が否めない。
国王招待をめぐる外交失態
この一連の動きは、現大統領クラウディア・シェインバウム氏にも影響を及ぼした。彼女はロペス・オブラドール氏の最も信頼される後継者とされていたが、大統領就任式にフェリペ6世を招待しなかった。この判断に対し、スペイン政府は強く反発し、閣僚の誰一人として就任式に出席しなかった。