「民衆は獅子のように立ち上がる」

イスラエルは13日早朝(現地時間)、イランの核施設と軍事拠点を破壊するため戦闘機約200機を出動させ、約100か所に攻撃を開始した。ネタニヤフ首相は「イランは9個の核兵器分の濃縮ウランを製造し、核兵器製造に乗り出している」として、「イスラエルは国家の存続をかけてイランの核計画を根絶しなければならない」と表明、イランとの戦いは暫く続くと述べた。

イスラエル首相「イラン攻撃に関する声明」発表,2025年6月13日、イスラエル首相府公式サイトから

ところで、同首相はイラン攻撃の前日(12日)、ユダヤ教の最も神聖な礼拝所、エルサレムの旧市街にある聖地「嘆きの壁」を巡礼し、一片の紙を壁の隙間に差し込んだところが撮影された。現地のメディアによると、ネタニヤフ首相は手書きでヘブライ語聖書「民数記」23章24節の聖句「見よ、民は若い獅子のように立ち上がり、獅子のように高ぶる」を書き写している。そして13日早朝、イスラエル軍は「ライジング・ライオン作戦」(立ち上がる獅子)と呼ばれるイラン攻撃を始めた。

ネタニヤフ首相が書き写した聖句「立ち上がる獅子」の意味について、メディアでは様々な解釈が報じられている。ヘブライ語聖書には「獅子」(ライオン)は何度か出てくる。旧約聖書創世記49:9には「ユダは獅子のように立ち上がる」という箇所がある。「民数記」23:24には「イスラエルはライオンのように立ち上がる」と記述されている。ただし、「ライジング・ライオン」という直接の表現はない。イエスを「ユダ族の獅子」と呼ぶなど、ライオンは力、強さ、そして王家の威厳を象徴しているケースが多い。「ライジング・ライオン」は、特にユダヤ教メシア派やキリスト教では、象徴的に解釈されることが多い。

ロイター通信によると、「ライジング・ライオン」の聖句はイスラエルの勝利を預言する一節だという。民数記23章24節には、「見よ、この民は雌じしのように立ち上がり、雄じしのように身を起こす。獲物を食らい、殺された者の血を飲むまでは、身を横たえない」とある。この一節は、預言者バラムが神からイスラエルを祝福するよう命じられた内容だ。

興味深い点は、「イランの古代国旗には、獅子はほぼ500年間、ペルシャの君主の国旗には描かれていた」というのだ。レーゲンスブルクのライプニッツ研究所の旗の専門家ペーター・マリオ・クロイター氏が独紙ビルトに答えている。同氏によると、「ホメイニー師が1979年、亡命先のフランスから帰国し、イラン革命を行ってイランをイスラム教国家に変貌させた後、ライオンは国旗から消え、イランの国旗には4つの三日月と剣が描かれた。これはイスラム教の五行を象徴している」と言うのだ。

一方、「ビルド」紙によると、このライオンはイラン反体制派によって利用されていることから、「イスラエル軍の作戦名の選択は、その目的がムッラー(イスラム法学者)の打倒にあるか、あるいはイスラエルがイラン国民とその指導者を区別していることを意味する狙いがあるからではないか」と憶測できるというのだ。

なお、ネタニヤフ首相は2023年10月28日、イスラム過激派テロ組織「ハマス」のイスラエル奇襲テロ事件直後、旧約聖書「申命記」や「サムエル記上」に記述されている聖句「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」との箇所を引用している。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に向かって歩みだした時、アマレク人は弱り果てていたイスラエルの民を襲撃した。ネタニヤフ首相は当時、「ハマスの奇襲テロ」を「アマレク人の蛮行」と重ね合わせて語ったことは明らかだった。すなわち、1,200人以上の国民を殺害し、250人以上を人質にしたハマスの蛮行を忘れてはならないという意味だ。ネタニヤフ首相はその後、「ハマス撲滅」を宣言し、ガザのハマスの拠点に激しい報復攻撃を展開させている。

すなわち、ネタニヤフ氏はユダヤ民族の存続をかけた「ハマス壊滅」や「イラン攻撃」を決定する際、宗教学者のように聖典の聖句にその拠り所を求めているのだ。ネタニヤフ氏の政治延命に過ぎないという声もあるが、国難に直面し、ネタニヤフ氏は自身のユダヤ民族のDNAがうずき出し、預言者のようにヘブライ語聖書の世界に引き戻されるのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年6月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。