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組織運営の現場では、「なぜうまくいかないのか」「どうすれば変えられるのか」といった問いが常につきまといます。今回お話を伺ったのは、元厚生労働省キャリア官僚であり、現在は識学のコンサルタントとして企業の組織改革を支援している下野豊和氏です。
官僚時代の意思決定の裏側から、民間企業で600名を統括した管理職時代の失敗と学び、そして現在の識学によるマネジメントの実践まで――。一貫して「組織の本質」と向き合ってきた下野氏の経験は、すべてのリーダーにとって貴重なヒントとなるはずです。
本記事では、下野氏のユニークなキャリアと識学的観点に基づく組織運営のあり方について、インタビュー形式でじっくりとお届けします。
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下野 豊和(しもの とよかず)
東京大学経済学部を卒業後、厚生労働省に入省して介護保険や労災保険などの企画法令業務に携わる。5年ほど任務を全うしたのち、日本環境マネジメント株式会社で指定管理者事業(公共施設の管理運営)に従事。事業部長として本社勤務者30名、全国55施設600名のマネジメントを行う。マネジメント業務を行う上で「組織のトップが変わることの重要性」を痛感し識学に入社。
玉村 嘉隆(聞き手)
Webマーケティング支援会社にてCTOを担当。現在独立してフリーランスのWebマーケティングコンサルタントとして活動中。
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自己紹介と識学コンサルタントとしての現在
玉村:下野さん、本日はよろしくお願いいたします。まずは下野さんの自己紹介と、コンサルタントとして活躍されている現在の業務についてお伺いできますでしょうか。
下野:はい、改めまして、株式会社識学の下野と申します。地元は福井県、永平寺町の隣の上比志村で育ちました。高校まで福井で過ごし、東京大学経済学部を卒業後、厚生労働省に入省しました。
玉村:ああ、福井の方なんですね。永平寺がある辺りですか。
下野:ええ、そうです。福井駅と恐竜博物館の間あたりに永平寺がありますので、もしかしたら通られたことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
玉村:なるほど。昔、若狭の方に原発を見に行ったことがあって。福井県庁にも知り合いがいたりするので、もしかしたらつながりがあるかもしれませんね。
下野:ああ、そうですか!地元で就職すると、県庁や市役所、銀行、先生などが多く、私の高校の同級生もたくさんいます。
キャリア官僚への道と厚生労働省を選んだ理由
玉村:そうなんですね。さて、下野様は、いわゆるキャリア官僚として入庁されたと考えて大丈夫でしょうか? そして、そもそもなぜ厚生労働省だったのかをまずお伺いしたいです。
下野:はい。大学3年から就職活動を開始した際、民間か国家公務員かの選択肢があり、決めきれなかったため、公務員試験の勉強と民間の就職活動を並行していました。当時の国家公務員試験は、合格しても全員が採用されるわけではなく、「官庁訪問」という面接を経て内定を勝ち取る仕組みでした。試験合格者の約半分は行き先がないという状況でしたね。
玉村:試験に通っても先がない方がいたんですね。そういう方はどうなるんですか?
下野:一つは民間企業に進みます。もう一つは、合格者の権利は残るので、翌年の官庁訪問に再挑戦するという方もいました。実際に私の厚生労働省の同期にも、一度ダメでしたが、翌年受かった方がいました
玉村:そうなんですね。その中で、なぜ厚生労働省を選ばれたのでしょうか。
下野:やはり、できるだけ世の中に大きな影響を与えたいという漠然とした思いがありました。官公庁、特に国は法令を扱い、それが社会の仕組みや制度を規定し、全てがそれに従って動いています。その根本を変えられるのが国の法令事務官の仕事だと感じ、そこに魅力を感じたのが一つです。省庁は色々ありますが、厚生労働省は人の一生、生まれる前から死ぬまでに関わる制度を扱っており、最も身近で、仕事の中で人の生活を感じられるのではないかと思ったからです。
厚生労働省時代の業務と意思決定プロセス
玉村:実際に入省されて、やはりそういう仕事だと思われましたか?
下野:ええと、私は最初、介護保険の部局に入ったのですが、介護する側・される側に関わる部署ではありました。ただ、実際の仕事は、どう法を変えていくか、法令改正の文言をどう作るかという作業が中心でした。なので、目の前の仕事と、実際の世の中の人の生活や介護の現場がどうなっているかというところは、実際の現場ではなくイメージで結びつけるという感じでしたね。
玉村:なるほど。確かに厚生労働省は国民生活に密接に関わる官庁ですが、行政の現場では現場とのつながりをイメージしにくい職場ではあるのかもしれないということですね。
下野:玉村さんのおっしゃる通りで、国で働くということは物理的な距離感があるというのは分かった上で入りました。それをどう補うか、そこがまさに求められる能力だと想像していました。
玉村:現在も厚生労働省はホットな話題が多いですが、例えば社会保険料の引き上げなどは、消費税増税ほど議論がなされていないように感じます。このような国民生活に大きな影響を与える意思決定は、当時どのように行われていたのですか?
下野:これはあくまで当時の話ですが、社会保険料などが上がるには法令改正が必要になります。すべて根拠が法律なので。官僚だけで勝手に決める仕組みではなく、多くの場合、各省のホームページにも載っていますが、審議会や部会が開かれます。そこには有識者(大学の先生や業界の専門家)が委員として参加し、議論を重ねて最終的に答申が出ます。その答申を受けて、法律を改正し、国会に法案を提出するという仕組みです。
玉村:結構透明化されているということですね。
下野:そうですね。審議会の議事録や資料も公開されますし、パブリックコメントで国民の意見を入れる仕組みもあります。どこまで修正されるかは当時の私の立場では分かりませんでしたが、各業界の代表者が審議会に参加することで、現場の声も反映されるようになっています。
玉村:なるほど、様々なステークホルダーの意見を取り入れ、調整して仕組みを作るということですね。
下野:そうですね。
玉村:よく官僚組織は意思決定が遅いと言われますが、ステークホルダーの意見調整や、国民生活への影響を考えると慎重になるのは当然かと思います。それでも、意思決定が遅いと感じた部分はありましたか?
下野:決裁ルートが長いと感じたことはあります。先ほどお話ししたように、担当者が書類を持ってハンコをもらいに各部署を回る必要があります。係長から課長補佐、課長、他の課、総務課、局長、そして政治家の方々まで、最終的に30個近くのハンコが必要になることもありました。
玉村:30個近くですか!
下野:はい。しかも皆さんお忙しいですから、いらっしゃる時間を見計らって自分で持っていくんです。
玉村:ハンコをもらいに行くときは、ご自身で説明しに行かれるんですか?
下野:はい、そうです。企画法令の担当である私たち係長が持っていくケースが多かったです。特に「じゅうたん部屋」と呼ばれる上層部の部屋に行く時は、めちゃくちゃ緊張しました。
玉村:そうなんですね!どんな感じなんですか?
下野:20年以上前の話ですが、結局、色々な質問が来る場合もあるので、それに答えられるよう、事前に全て準備していく必要がありました。説明して、淡々とハンコを押していただけることもあれば、質問があって答えられず持ち帰ったケースもありました。
玉村:その30個のハンコを回る間に、だんだん説明が詳しくなっていくんでしょうね。
下野:そうですね、「だいたいここ聞かれるな」というポイントが分かってくるので。説明の仕方も、皆さんお忙しいので、端的に分かりやすく伝える技術がその中で鍛えられていきました。
玉村:なるほど。それにしても、その30個のハンコの中で誰か一人でもダメだと言えばダメになるんですか?
下野:順番があるので、途中で文言の間違いなどが見つかれば当然修正してまた持っていくことになります。ただ、強硬に反対された経験はあまりなかったですね。
玉村:ということは、意思決定としてはその段階でほぼ終わってる感じですか?
下野:そうですね。「根回し」という言葉がありますが、悪い意味ではなく、関係部署と事前にちゃんと説明して了解を得ておくというイメージです。識学では、これを「事前説明により承認を得ること」などとルール化・言語化することを推奨しています。「根回し」のように解釈が人によって違うと、やらなかったことで問題が起きたり、属人的になったりする可能性があります。
玉村:ええ、確かに組織人として仕事をする上で、そういう「根回し」は必要だと思います。識学ではそれを言語化するんですね。
下野:そうです。キーパーソンを押さえておかないといけませんし、そこの部署の了解がないと進められない取り組みは必ずあるはずです。そこに事前に説明するのが、まさに「根回し」という言葉なのかなと。
玉村:その「根回し」の過程で、「こういう理由で賛成しがたいね」というフィードバックがあるのは有意義なセッションかもしれないですね。
下野:そうですね。あるいは「こういう場合はどうするの?」「他の制度に影響は出ないの?」といった質問ですね。法令改正は他の法律を引用しているケースも多いので、一つの条文を変えると関連する法律も変えないといけない場合があり、そういった点も事前に全て検討した上で進めてはいます。
民間企業でのマネジメント経験と「本部と現場の乖離」
玉村:さて、下野様は中央官庁、そして民間企業で全国55施設・600名を統括された経験をお持ちですが、現場と本部との乖離を感じた経験はありますか?私も本社勤務で現場との乖離を感じたことがありまして。
下野:はい、それは民間企業にいた約10年のうち、2年目くらいの頃に強く経験しました。ある施設の担当になった際、現場を理解したいと思い、3日間泊まり込んで現場業務を一緒にやらせてもらったんです。
玉村:どんな現場だったんですか?
下野:公共施設の武道館で、受付や清掃、教室運営などを行っていました。現場の皆さんは、私が本社から来た「研修の人」くらいの感覚でした。私も上司からの指示というよりは、「勉強させてください」というスタンスで現場に入ったんです。組織図上は私が彼らの上司だったにもかかわらず、そこを明確にしていませんでした。
玉村:なるほど。
下野:その時は皆さん色々教えてくれて良かったんです。ただ、現場に入ったからには何か改善したいと思い、勝手に改善点を5ページにまとめて施設長に送り、「ここを改善してください。以上。」と指示を出してしまったんです。理由も書いたのですが…。
玉村:それは…
下野:大反発を食らいました。「いきなり来て3日間いただけて何がわかるんだ」という感じで。私は施設を良くしたいという思いで良かれと思ってやったことでしたが、組織上の位置関係が不明確なまま指示を出してしまったため、彼らはそれを上司からの指示として受け止めなかったんです。
玉村:えらい目にあわれましたね。
下野:結果的に施設長含め4人が辞めてしまうことになり、残った2人だけでは回らないので、その後1ヶ月間、私がホテル暮らしでずっと現場に入って業務を行いました。
玉村:大変な経験でしたね…。その経験は、今のコンサル業務に活きていますか?
下野:ええ、直接現場に入って一緒にやろうという形ではないですが、この問題の原因となったのは、組織図における皆さんのポジション、役割、そして上司は誰で、上司と部下の関係(指揮命令者と被指揮命令者)が明確になっていなかったことです。ここを双方で認識合わせ、皆さんがどういうポジションでどういう役割なのかを明確にしておかないと、「本社は」「現場は」という対立になってしまいます。店舗ビジネスなどでも、本部と現場の店舗でこれができていないと、店舗が増えた際にローカルルールができたり、指示が通らなかったりといった問題が起こりかねません。
識学が説く「本部と現場」の理想的な関係性
玉村:本部と現場の役割の違いを認識した上で、どう関わるべきか、特に本部の人は現場に対してどう関わるべきなのか、という点をもう少し聞かせてください。
下野:はい。会社ごとに違いはありますが、先ほど言ったように役割が違うだけです。組織図の各ポジションの役割が決まっていて、そこに配属された人がその役割を果たす。例えばエリアマネージャーならこういうことを成し遂げる役割、施設責任者ならそれに向けてこういうことをやる役割、というようにです。どっちが偉いとかではなく、単に役割が違うだけです。
本部の人が現場に期待通りのことをやってもらうためには、まず皆さんの役割を明確にしますが、それ以前に、皆さんが「なぜ本部の言うことを聞かないといけないんだ」という状態になっていると、どんな指示をしてもやってくれないことが起こります。なので、まず立ち位置が違うこと、指示する側とされる側、管理する側とされる側であることを認識させる必要があります。
識学では具体的にどうやるかというと、これは口頭で言っても分からない人がいるので、ルールを絶対守らせることを徹底します。このルールを守っているか本部が確認し、守っていなければちゃんと指摘をする。これを徹底することで、現場の意識は「本部が言われたことは守らないといけないんだ」となってきます。そうすると色々な指示が通りやすくなるんです。
そして、マネージャーの役割は目標、言い換えれば部下の成長のための進捗管理です。本部の方は、現場のやり方に細かく口を出すのではなく、与えられた目標に対してどれだけ進捗しているか、達成できるかできないかというところをきちんと抑えることが大事です。
玉村:なるほど、本部が現場のやり方まで指示するのではなく、目標に対する進捗管理に焦点を当てるということですね。
下野:おっしゃる通りです。目標を達成してもらうことが重要であり、それはできなかったことができるようになるという部下の成長につながります。なぜこの管理をやるかというと、部下の皆さんの成長のためなんです。できなかったことが分からないとできるようにならないので、例えば週の目標があって、達成できなかったら、なぜできなかったのか、どう改善するのかを部下自身に考えさせます。自分で考えないと人は成長しないからです。
玉村:本部が代わりに考えちゃいけないということですね。
下野:まさに。細かく手取り足取り部下のためと思ってやってしまうと、部下は待つだけになり、「いつも上司が回答を出してくれる、その通りやればいいんだ」と、何も考えない人になってしまいます。これは成長とはほど遠い状態です。
玉村:上司が「こうやれ」と指示して、もしそれで失敗しても、現場は「言われた通りやったけどダメだったから自分のせいじゃない」となってしまうということですね。
下野:まさにその通りです。そして上司側は「なんでこんなに丁寧に教えてあげたのに、うちの部下は人のせいにするんだ、自分で考えないんだ」と負のスパイラルに陥ってしまいます。原因が自分自身の発言にあったにもかかわらずです。
玉村:なるほど、よく分かりました。本部と現場という意味では、売上目標以外にも、会社としての決まり(ルール)について、「なぜ本部はこんな決まりを作るんだろう、現場の現実に即してないと思うんだけど」といった不満も現場からは出てくると思いますが、これはいかがですか?
下野:まず、本部がルールを決めるのは、現場の運用がバラバラだと統率が取れない、集計に時間がかかるなどの弊害があるためです。皆で一緒に、必ずこの通りやってもらいたいものはルール化するという意図があります。
現場の立場から見たときに、「そのルールがあるとこういう問題が起こる」「こういうケースでそのルールはどう適用するのか」といった疑問点や問題点があれば、それをちゃんと「皆さんの権限として」上げてくださいとします。単に「嫌だ」「面倒くさい」ではなく、具体的な弊害の内容を挙げてくださいと。そうすると、本部は「確かにそういうパターンもあるね、じゃあルールをこう変えよう」と修正の意思決定ができます。
なので、役割が違うだけです。ルールを決める側とそれに従う側。ただ、従う中で問題があるなら、具体的な事実や根拠(数字)を提示してどんどん上げてくださいね、という違いです。
玉村:現実に即さないものはどんどん変えていけばいい。そのためには現場からの具体的な意見が必要だということですね。
下野:ただ、それを本部が判断するためには、感覚的なことではなく、具体的な事実や根拠を提示してもらう必要があります。それを徹底することがポイントです。
玉村:可視化できる弊害を提示してもらうと、本部もそれを把握できて、ルールを変えるかどうかを検討できるということですね。
下野:その通りです。
公務員と民間企業におけるマネジメントの違い
玉村:ちなみに、公務員から民間企業に転職された時に、マネジメントが違うなと思われた部分はありますか?組織構造や考え方、進め方などで。
下野:行政にいた時は、指示はたくさんありました。ただ、識学で言うマネジメント、つまり部下にルールを守らせる、目標の進捗管理をする、必要なルールを決めたり変えたりするといったことは、当時の私の経験では明確な目標値や定期的な進捗管理がありませんでした。膨大な業務量に対して、ひたすら指示を消化するという感じでした。
民間(私が入った会社)では、もちろん会社によりますが、売上や獲得件数などの明確な目標設定があったので、そこが大きく違うと感じました。
玉村:行政は利益を目的とする組織ではない、というところが一番大きな違いかもしれないですね。
下野:そうですね。
組織における意思決定と変革の難しさ:「事なかれ主義」と前例踏襲
玉村:「事なかれ主義」という言葉がありますが、大きな組織ほど、一度決まった方向を変えるのが難しくなるというイメージがあります。大型タンカーのように、方向転換に時間がかかる、あるいはできないという。この辺りはいかがですか?
下野:これはモノによります。法律改正が必要な事項であれば、国会審議を経て法案が可決されないと変わらないので、やはり年単位になってきます。ただ、制度を作った際に「何年後に見直しを検討する」といった規定が入っていることもあり、見直しが行われる仕組みはある程度できています。
玉村:大きいところで言うと、ですね。無謬性の原則や、前任者の決定を覆しにくいといった側面もあったりするのでしょうか?
下野:私の主観ですが、官僚組織にいた時は、過去に決まったことというのは様々な業界団体とも調整した上で決まっているので、それを簡単に変えようとすると色々なステークホルダーから意見が出てきます。そういったところをちゃんと引き継ぎや共有がなされていないと、問題になりかねない気はします。
また、私のいた民間企業で自治体とやり取りする側になった時も感じましたが、国も自治体も、ポジションによっては2~3年で異動があります。そうすると、自分がいる間に何か大きく変えるというのはエネルギーがいりますし、業務量も間違いなく増えます。それを踏まえて断行する人もいれば、どちらかというと前例踏襲的な方を選ぶ人もいるというのはあるかもしれません。これはあくまで過去の経験からの私の主観です。
組織を変えるために:トップの覚悟とボトムアップの重要性
玉村:短い期間の中で自分が方向転換をするのは大変、ということですね。これは大きな組織だけでなく、おそらく10人くらいの組織でも、今これでやってるから変えるのは大変、と感じている方もいらっしゃると思います。そういう、本心では「このままではいけない」と思っているけれど、周りや組織がこれをよしとしているから変えられない、と思っている方々に対して、どうやったら変えていけるか、変えたいならどうするべきか、何かアドバイスはありますか?
下野:これは、一番は「組織のトップ」社長、経営者がどうしたいか、という覚悟、危機感がなければ絶対に変わりません。経営者が会社の責任を負っていて、うちをどうしていきたいか、そのために今のままじゃいけない、やり方を変える、という覚悟が必要です。
玉村:なるほど。その影響が及ぶ範囲のトップ、小さい会社なら社長さん、そうでなければ主幹部署の部長さんや課長さんといったトップが腹をくくるということですね。
下野:はい、そうです。ただし、例えば部長が改革を進めても、その上の本部長が「何やってるんだ」と言えば元に戻ってしまう可能性もあります。なので、部長が改革する際は、その権限があるか確認し、必要であれば本部長に事前に説明して了解を得ておく、いわゆる「事前説明」が重要です。
玉村:そうですね。ということは、一社員が一担当としてそれを思っていたとしても、それをちゃんと上に上げて、上の人を説得しましょう、ということですね。
下野:はい。役割や責任の大きさが違うので、部下ができることは、今これやってるとどれだけ効率が悪いか、問題が起こってるか、逆にこういう仕組みができたらどれだけ効率化できるか、時間削減できるか、といった「事実」をどんどん上げて提案することです。これはいくらでもできることです。その情報をもとに上がどう意思決定するかどうかですが、部下の立場からすれば、どういう情報があれば上司が決めやすいか、変えないといけないと思ってくれるかを考え、必要な情報を上げ続けることです。不満や文句ではなく。
玉村:やるかやらないかのデメリット、やるメリットをきちんと事実として明示して、上に上げるということですね。
下野:はい。そうすると、可視化できる不利益を提示してもらえれば、管理する側もそれを把握してルールを変えるかどうかを検討できます。
玉村:その通りですね。しかし、それが仮に正しくて、どう見てもやった方がいい場合でも、上司が面倒くさがり、ということはあると思うのですが、この場合どうすればいいでしょう?
下野:これは基本的には、もう上司に上げ続けるしかないというところです。何のために上げているかと言えば、自分たちの役割を果たすために問題を改善したいからです。結局、皆さんがそれでもしっかりパフォーマンスを上げられなかったら、チーム全体の成績も悪くなるはずですよね。チームの責任者はチーム全体の成績で評価されるべきだと識学では推奨しています。そうすると、チーム全体のパフォーマンスが上がらない上司は、結果的に評価が下がって異動になるかもしれません。
玉村:上司として無能だと評価されるということですね。
下野:その上の上司から、そういう評価が下される可能性が高いということですね。
玉村:そのチームのパフォーマンスを測っていない、というところが問題かもしれないですね。
下野:あの、そちらのケースが多いですね。上司だけれどプレイングマネージャーで、プレイヤー部分の個人評価を高くしてしまうとか。そうするとチーム全体という意識が欠如したりします。
玉村:名選手イコール名監督ではない、ということですね。
下野:そうです。それぞれ役割の違いを認識してできるかどうかですね。
大規模組織改革の着手点:規律とマインドセットの確立
玉村:分かりました。会社がそうなっていない場合は、部下としては自分の意見を通すのは難しいかもしれないですが、そこは辛抱強く事実を伝え続けるしかない、と。さて、大規模な組織の改革をやろうとしたときに、最初に着手すべきもの、優先順位はどのようなところだと思われますか?
下野:これ、まさに識学による組織づくりでいいますと、トップが旗を振る時に、全員がそちらを向くかどうかが重要です。逆に、指示に従わない、規律が整っていない状態だと、改革は進みません。一番最初にやるべきは、従業員の皆さんが「自分はこの会社の1員だ」というマインドセットができているかどうかです。
どうやってそれを測るか、どうやるかですが、会社の1員である以上、会社で決まったことを守らなければならないという境界線を明確にします。部署やポジションに関わらず、必ず守るべき「難易度ゼロ」のものを設定し、明文化・周知して守ることを徹底させます。そして、守っていない時は、上司が自分の部下に守らせるように指摘する。これを繰り返していくと、部下は「やんなきゃいけないんだ」という意識になってきます。そうすると、会社が「やるぞ」と言った時に、皆さんはやらなければいけないという状態になっています。とにかくここを徹底することです。
玉村:そこを徹底する規律ですね。私の経験だと、トップが旗を振って部下も「はい、やります」と言うけれど、実際にはやらない、という人がいると困りますよね。その場合、トップがマイクロマネジメントする羽目になったりするんでしょうか?
下野:まず、設定するのは先ほど言った「会社にいる以上、絶対守ってね」という能力に関係ない、難易度ゼロのものです。守れませんでした、という言い訳ができないようにするためです。それは守れないのではなく、守らないという意思の表れですよね、とします。そして、上司が指摘するというのは、あくまで自分の職務管下の部下に対して守らせる責任があるという整理です。社長は自分の直属の部下(役員)だけ、役員は自分の直属の部下(本部長)だけ、というように、それぞれの階層で自分の部下に対して守らせるんです。
玉村:なるほど。社長がやろうと言って、それをやらない役員がいるなら、それは社長が指摘するべきということですね
下野:そうです。ルールを守りなさい、と言い続ける。根負けしたら負けです。
玉村:自分の直属の部下には、とにかく口を酸っぱくして言う、という感じですね。分かりました。
組織変革の本質:ビジョンの共有と階層ごとの役割遂行
玉野:公務員という組織でのご経験を踏まえた上で、組織変革を成功させるための工夫はありますか?大きな組織ならではの、何か変えるための工夫、といっても、大きな組織でも小さな組織でも同じということでしょうか?
下野:おっしゃる通りです。変革の本質は組織の大小に関わらず同じです。
玉村:そうですよね。大変よく分かりました。
下野:ただ、組織が大きければ大きいほど、トップと現場の距離はめちゃくちゃ遠くなります。あくまで会社全体としては経営理念や目的があって、ここを目指し続けている。ここに到達するためには、まずこのことを皆さん守ってないと、というのが大前提です。ここをちゃんと発信するというのは大事ですね。
玉村:トップはビジョンを明確にするということですね。
下野:そうです。これがないままルールだけやっても、何のためにやるんだろうとか、ルールのためのルールみたいになってしまったら本末転倒なので。目的、ビジョンがあって、これやるためには日々こういうことできないとダメだよね、例えばお客様が来たら挨拶をするとか。
玉村:そのビジョンがあって、役員であればそのビジョンに従ってこう動くべき、部長、課長、第一線の担当者であればそのビジョンに沿ってこう動くべき、というのをルールとして決めるべきで、それに従わなければならないということですね。
下野:はい、そうです。ビジョンをもとに色々なルールや、各部署の目標を決めていく、という流れです。
識学のすすめ:マネジメントの迷いをなくす
玉村:分かりました。ありがとうございます。最後に、このYouTubeをご覧の方々に何かメッセージなどありましたらお願いいたします。
下野:宣伝で言うと、私も前職で10年マネジメントを試行錯誤して、良かれと思って色々やっていました。識学に入ってから分かったのは、あの時の取り組みは合っていたな、あの取り組みで問題が起こったのはこういう理由だったんだな、ということが、すべて識学では簡単な言葉で体系化され、ロジカルになっているということです。
結局、迷いがなくなると言いますか。迷いながら不安でやるのと、確信を持ってやるのとでは、スピードも集中力も全然違うので、まずは部下を持った方、経営者はもちろんですが、日々の意思決定に迷いがなくなると、どんどん前に進んでいけるので、ぜひ識学というものを、本も出ていますし、活用していただければと思っております。
識学コンサルタントの働き方とリモートワークの実際
玉村:今日はご自宅からですか?結構在宅で勤務されることってあるんですか?
下野:ええ、基本的に識学のサービスは仕事がどこでもできます。本社に週1回確認に行くルールはありますが。コンサルもZoomだけでやっているケースが多々あります。訪問希望があれば行きますが、在宅でコンサル業務もその他の業務も成り立ちうる環境です。
玉村:いい職場ですよね。
下野:ええ。一度コロナで皆に会いたくなった時期もありましたね。コロナ明けでリモートワークが10%といった数字も見ましたが、識学では逆にもう90%在宅くらいです。本社に行ってもフロアにいるのは社員240人のうち20人いるかいないかですね。
玉村:10%弱なんですね。それはどうして可能なんですか?
下野:ルールもありますし、理にかなっています。求められている目標、結果が明確で、それが全て言語化・数値化されていて、それに基づいて評価されるので、在宅だからどう評価したらいい、といったことが一切起こらないんです。
玉村:会社に来ないから評価を下げよう、なんてことはないということですね。
下野:ないです。サボっていても、結局数字が下がればそれで評価されます。目標も絶妙な値になっていて、当たり前のことを淡々とやって達成できるようなものではないんです。必死になって頑張らないと達成できないような目標値が設定されているので、ある意味、サボれないというか。
玉村:サボって達成できるならいいけど、そんなことはまずできないようになっている、ということですね。
下野:はい。
玉村:非常にいいですね。それをクリアしていけば会社全体が伸びるでしょうし、それが去年の増収増益につながったのかもしれないですね。
下野:そう願っています。私自身も訪問で電車に乗る回数が減ったので、移動時間の無駄がなくなって生産性が上がっています。
玉村:移動時間って最大の無駄ですよね。
下野:前職の時は移動時間に自分の好きな本を読んでいたりして、仕事をする感覚があまりなかったんですが、今は時間の捉え方が全く変わりました。決められた時間の中でいかに生産性を上げるか、ですね。
玉村:私も会社に行かなくなってから生産性が上がったなと実感します。通勤がいかに体力や集中力を奪っていたか、本当に思いました。
下野:そうですよね。すみません、ちょっと話が逸れました。
玉村:色々とお話を伺えて楽しかったです。また何かの機会がありましたら、その節はまたお話させていただければと思います。本日はありがとうございました。