日本は現在、参議院選挙戦中だ。暑い中、候補者たちは行き交う人々に懸命に政策を訴えている。議席を獲得するまでは、候補者たちはそれこそ命がけの戦いだ。
ウィーン市内のフォルクス公園のバラ園 2025年6月 撮影
参議院選では多くの政党が候補者を擁立している。既成政党の候補者から新しく結成された新党の候補者まで余りにも政党数が多いので、有権者の国民は各政党の政治信念や公約を正確に把握するのは大変だ。どうしても、メディアでの登場回数の多い政党、候補者に関心がいく。メディアから泡沫候補者とレッテルを付けられた政党、政治家は当選のチャンスは厳しい一方、応援基盤が固くメディア受けのいい候補者は当選の可能性が出てくる面がある。すなわち、「第4権力」と言われるメディアが選挙結果に大きな影響を与えているわけだ。ただしここにきて、インターネット・ユーチューブなどを通して少数政党の政策を聞き、選挙に関心を持つ若い年齢層も増えている。選挙戦に熱が入ってきたようだ。
日本の選挙戦を海外の地で見ていると、「選挙制に基づく現行の民主主義は考えているほど強固な政治システムではない」といった悲観的な思いが出てくる。一党で過半数を獲得できる政党は日本を含め先進諸国ではほとんどなくなった。だから、選挙戦が終われば,政権交渉が始まる。彼らの目的は議席の過半数を有する安定政権の確立だ。51%の議席を有する連立政権の発足だ。
議席で過半数を有する政権の発足は一見、非常に民主的なプロセスだが、連立交渉を振り返ると、政策も政治信条も全く異なる政党同士が51%を有する新政権を誕生させるケースが多い。議席数では安定政権だが、政策的には安定とは言えないどころか、政権内で常に対立する、といった状況が生まれてくる。
ドイツで2021年12月、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党からなる通称「信号機政権」ができた。ドイツで3党連立政権は初めての試みだった。3党は、治安問題から移民対策、国家財政の運営まで同じではないどころか、180度異なっている分野もある。それをショルツ首相(当時)が「時代の転換期」(Zeitenwende)という錦の旗を掲げて党内の結束を求めていった。しかし、最終的には、同3党連立政権は3年半弱の短期政権で終わった。ドイツだけではない。隣国オーストリアでも現在、保守派「国民党」、社会民主党、リベラル派「ネオス」の3党連立政権だ。基本的政策の異なる3党政権がいつまで続くかは不明だ。
実際、政策も国家観も異なる政党からなる政権は政党が有権者に約束した政策を貫徹できない状況に落ちやすい。どうしても譲歩が出てくる。その結果、支持した政党が公約を実施できない状況を見て、有権者には政治不信が生まれてくる。一方、政権は機能不能な状況に陥り、中途半端な政治しか実施できない。これは有権者だけではなく、政党にとっても不幸なことだ。
民主主義にはメリットとデメリットがある。メリットは、好ましくない政府が生まれた場合、次期選挙でその政党を支持しないことで制裁できる。すなわち、一種の危機管理が機能する。デメリットの場合、寄り合い所帯の連立政権が生まれたとしても、時代が必要とする改革を実施することは難しく、政治は停滞しやすい。
ところで、6日の夜、オーストリア国営放送(ORF)のニュース番組を見ていると、モスクワでヨシフ・スターリン(1879から1953年)を称賛する傾向が台頭しているというのだ。スターリンは多数の国民を粛正していった独裁者のソ連共産党指導者として知られているが、スターリン像に献花するモスクワ市民は「スターリンは戦争で勝利した指導者だ」、「ソ連を1950年代、国民経済を成長させた政治家だ」と答えていた。
スターリンの人物像への関心の背景には、ロシアのプーチン大統領への評価へのプロパガンダといったクレムリンの高等戦略があるかもしれない。ちなみに、ロシアの著名な哲学者アレキサンダー・ジプコ氏(Alexander Zipko)は独週刊誌シュピーゲル(2013年7月8日号)とのインタビューの中で、「プーチン氏は生来、自己愛が強い人間だ」と述べる一方、「ロシア国民は強い指導者を願い、その独裁的な指導の下で生きることを願っている」というのだ。同氏によると、「ロシア人は自身で人生を選択しなければならない自由を最も恐れている」という。
プーチン大統領の新年の挨拶 クレムリンHPより
懸念されることは、民主主義を掲げる欧米諸国で民主主義への失望、カリスマのある指導者への待望が生まれてきていることだ。
米国は世界の民主主義の拠点と見なされてきた。米国では、共和党と民主党の2大政党が選挙戦で主導権を争う。米国は51%の民主主義体制である一方、大統領制だ。勝利した政党は政治権力を支配できる。下院と上院で過半数を占めている現在のトランプ政権は米歴史上、非常に強固な政治基盤を誇っているといえる。それ故に、左派系メディアや知識人はトランプ氏の政治を独裁的、専制的なやり方として警戒する。理由がないわけではない。トランプ政権は、専制的な独裁政治が実施できる潜在的可能性を有しているからだ。
米国の政治学者ジェームズ・M・パターソン氏は先月末、ドイツのウェブポータルKatholisch.deで「ネオ・インテグラリズム運動」(ネオ統合主義、ネオ全体主義)の台頭に警戒を呼び掛けている。現在、米国とヨーロッパの若い保守派カトリック神学者、聖職者、そして著名な知識人の間で勢いを増している知的運動だ。彼らは社会の分断と価値観の衰退の原因は自由主義にある、と考えているのだ。
パターソン氏は「バンス米副大統領もこれらのグループの影響を受けている。バンス氏は著名なネオ・インテグラリストの思想家たちと交流し、カトリックの影響を受けた権威主義的な立場を主張してきた。もはや古典的な保守主義ではなく、急進的なポスト・リベラルな考え方を持つ、米国における新たな右派の一派だ」と指摘している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。