ドイツのショルツ前首相は2021年12月、「緑の党」と自由民主党との3党連立政権を発足させた時、「私たちは時代の転換期(Zeitenwende)にいる」と表明し、ドイツ初の3党連立政権の使命を宣言した。ショルツ氏は「時代の転換期」という少々哲学的な表現で、「これまで体験しなかった様々な困難や試練に遭遇する」と国民に警告を発しているのだ。
「時代の転換期」を表明したショルツ氏 2021年12月 独連邦議会公式サイトから
ショルツ氏が「歴史の転換期」と叫んだ直接の契機は、中国武漢発の新型コロナウイルスが国境を超えて全世界に拡散し、パンデミックとなったことだ。21世紀の人類は同時期、同じ困難に直面して連帯感と結束が問われていた。
その翌年2月24日、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍事侵攻し、第2次世界大戦後、久しく忘れていた戦争が再び、欧州の国境線に差し迫ってきた。ショルツ氏の「時代の転換期」という表現は予言的な内容が含まれていたことが奇しくも実証された。
ウクライナ戦争は、冷戦終焉後、戦争が死語となったように感じてきた欧州国民を震撼させた。プーチン大統領が大量破壊兵器の使用すら示唆した時、平和を当然と思っていた欧州人もさすがに目が覚めてきた。欧州域外には専制的な独裁者が君臨する軍事大国があって、チャンスがあれば軍事力で国境線を変更しようとしているのだ。
新型コロナのパンデミック、そしてウクライナ戦争の勃発に対峙した欧州の国民は、以前のように平和を享受することはできない、といった不安に捕らわれた。これらが、ショルツ氏の「時代の転換期」という表現が説得力を持って私たちに迫ってきた背景だ。その後の中東でのイスラエルとイラン間の戦争はそのような終末的な思いを一層深めていくことになった。
人は解決できない問題に遭遇した時、不安になる。同時に、未来に対して閉塞感に陥る。特に、「欧州の盟主」ドイツでは過去3年間、国民経済はリセッション(景気後退)だ。ドイツの自動車産業が頼りとしてきた中国市場はもはや数年前のように利益を生み出す確実な市場ではなくなった。国民経済の停滞、不法移民の増加、治安の悪化などか重なってきて、「時代の転換期」はますます現実味を帯びてきたのだ。
時代が大きな転換期を迎えている時、米国でトランプ政権が誕生した。‘‘米国ファースト‘を掲げて関税政策から不法移民の追放など有権者に公約した政策を次々と実施していった。トランプ政権が繰り出す政策で世界は右に、左に揺れ出してきた。
米国のウクライナへの武器支援問題でも、「支援する」から「一部停止」、そして「武器支援するが欧州側がその代価を払うように」といった具合で、米国のウクライナ政策はコロコロと激変してきた。それを受け、ウクライナ国民だけではなく、欧州の大多数の国民はトランプ大統領の朝令暮改の政策に不信と不安を感じてきているわけだ。
トランプ氏は自身が認めているように時代が用意した予言者のような存在かもしれない。新しいものを生み出すために、古いものを破壊する使命を受けた予言者だ。だから、必然的にそのような予言者は既成の社会、世界から激しい批判にさらされる。トランプ氏はこれまで2度、暗殺未遂の危機に遭遇している。ただ、既成世界の破壊を使命とする予言者に「破壊後の世界」の青写真を尋ねることはあまり意味がないだろう。新しい世界を建設する使命を持った予言者の出現まで待たなければならないからだ。
イエスはエルサレムの神殿を指して、「終末の時,エルサレムの神殿の石がことごとく崩れてしまうだろう」と語っている。世界がこれまで培ってきた規則、秩序、原則が時代の洪水にあって流されていく、という意味だろう。新しい葡萄酒は新しい革袋にいれなければならないのだ。
「時代が転換期を迎えている」とすれば、規制の社会秩序ばかりか、世界情勢も激変することは避けられない。イエスは2000年前、イチジクの木を例に挙げて、「イチジクの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」第24章)と語り、時の訪れを知れと諭した。宇宙、森羅万象の動きから季節の移り変わりを知ることが出来るように、歴史の「時」を知るべきだというわけだ。
ちょっと飛躍するが、物理学の世界でも現在、「歴史的な転換期」に直面している。アインシュタインの物理学の世界では量子力学の「量子のもつれ」は説明できない現象だ。また、局在性、実在性を否定する量子力学の世界はこれまでの古典物理学の世界とは異なっている。世界の物理学者は現在、量子力学の挑戦を受けているのだ。
いずれにしても、ミクロからマクロの世界まで、人類は今日、歴史的な転換期にあるといって間違いないだろう。そうであるならば、必ず、既成の秩序を破壊する予言者(政治家、指導者)が出てくるだろう。この世は、彼を悪魔の使い、ベルゼブブと言って罵倒することになるわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。