外部委員の懸念を軽視した異次元金融緩和策のミス

中村 仁

議事録が示す黒田総裁らの希望的観測

日銀が2015年1-6月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表しました。複数の審議委員が異次元金融緩和政策の効果に疑念を表明、執行部との対立が先鋭化したのに、黒田総裁らが強気の姿勢を崩さず、延々と異次元緩和を続けました。13年4月から始めた大規模緩和政策をこの段階で修正していれば、巨大な負の遺産に悩まされることにはならなかったはずです。

黒田前総裁 日本銀行HPより

異次元金融緩和は主要国の中央銀行がやったこともない「大実験」です。このような場合、2、3年すぎたところで、効果やリスクを検証し、継続、軌道修正、停止のどれかを決めるべきものです。本格的な検証をやったのは、総裁が植田氏に代わってからです。黒田氏の10年間の在任中は、本格的といえる検証はやっていません。希望的観測にすがり続けたのです。先の太平洋戦争の軍部と似たところがあります。

安倍・元首相の掛け声でアベノミクスが始まり、異次元金融緩和がデフレ脱却の柱に据えられ、その効果を信じて疑わなかった黒田氏が総裁に任命されました。アベノミクス開始2年で軌道修正することは安倍氏、黒田氏らのメンツにもかかわりますから、到底、応じられなかった。それが間違いでした。

公開された議事録によると、「すくなくともこれまでのところ、(効果は)みられなかった」(石田委員)、「日銀が国債を大量に買い入れることで市場の金利調整機能が低下し、副作用が効果を上回っている」(木内委員)、「極端な低金利状態が財政計画などにビルトインされ、財政規律に影響する可能性がある」(佐藤委員)、「当初のもくろみより大規模緩和の実行期間が長くなり、また規模も格段に膨らんでいく」(森本委員)など、相当厳しい警告が多くの委員から発せれられました。異例といってもいいでしょう。

驚くべき発言の数々です。実際に警告通りになり、日銀の国債保有は巨額(545兆円)に達し、植田総裁が金融正常化にもがいています。正常化できるとしても、2,30年先だろうとの見方もなされています。トランプ関税で物価は上がり、景気は停滞するかもしれない。日銀は金利を上げたくても、上げられない。

黒田総裁は「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。2%の物価安定目標は変更しなくてもよい。達成時期は若干後ずれするが金融政策は変えない」と強気でした。木内委員が「物価の基調は金融政策が決めるものではない」と、痛烈に批判すると、確信犯的な緩和論者だった岩田規久男副総裁は「避けるべきリスクはデフレへ戻るリスクだ。金融政策で(物価を)動かせないとすると、『一体、ここに何をしにいらっしゃたのか』」とまで述べました。副総裁にあるまじき感情的過ぎる発言です。

「通貨供給量2倍、消費者物価2%を2年で達成する」と、黒田氏は大見得を切りました。結局、10年経っても、大規模緩和策によるデフレ脱却の効果はなく、物価が上がり始めたのは、新型コロナウイルスによる経済・社会的混乱、ロシアによるウクライナ侵略などの外的要因のためです。

消費者物価は、金融政策の枠外の要因でどんどん上がり始め、すでに3年以上も3%を超えています。金利をなかなか動かせないので円安も進み、物価を上げました。参院選でも、物価高に悩む有権者は自公政権から距離を置き、過半数割れも起こりそうです。

異次元緩和に当初から批判的だった日銀ウオチャーの加藤出口氏(東短リサーチ)は2014年7月発行の著書「日銀、『出口なし』/異次元緩和の次に来る危機」(朝日新書)で、「このような超緩和策からの出口を経験した中央銀行はどこにもない。終わるに終われなくなる。出るに出られなくなる」と、警告しました。今回、公開された議事録より、一年も前に危機を察知していました。

黒田総裁は東大法学部卒(元財務官)、中曽副総裁は東大経済学部卒、若田部副総裁は早稲田大学政治経済学部卒です。学歴は皆さん、第一級でしょう。そんな大秀才たちがやったことが異次元金融緩和であり、初期からその効果に疑念、疑問を持つ声があがっていたのに、一顧だにしませんでした。

異次元緩和は財政ファイナンス(国債の大量購入、財政拡大)にいいように使われ、そのことを反省しなければならないのに、参院選の票稼ぎに与野党が次々に打ち出している公約は、財源の当てがない消費税減税・停止、国民に対する現金給付などポピュリズム政策が踊っています。異次元緩和がもたらした金融財政危機など、政治家たちはどこ吹く風といった体たらくです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年7月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。