スプートニク騒動とロシア vs.日本の専門家の「SNS戦争」

参政党のさや参議院議員候補がロシア政府系メディア「スプートニク」に出演したことが引き起こした騒動は、不思議な波紋を引き起こした。いくつかの多様な様相がからみあっていたと思われる。

Sputnik のインタビューにこたえる参政党・さや候補
Sputnik 日本 Xより

第一は、アンチ参政党の方々が飛びついたこと。第二は、選挙戦中の事情がかかわったこと。第三は、「ウクライナ応援団」の方々の盛り上げだ。

私としては、第三の位相が、第二の事情と結びついた流れが印象深かった。

選挙戦中であることが、国会議員の方々の注目を集めた。維新の会、自民党、国民民主党の有力議員らが、ロシアの認知戦が日本で行われていて他党がそれに影響されていることを強く示唆するSNS投稿を行った。

中には「発信元」の信ぴょう性の国会議員による取扱が話題になった場合もある。

参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ|山本一郎(やまもといちろう)
 『認知戦』という、頭の中を巡るネットでの工作が、日本の民主主義を脅かす形で、私たちの目の前で繰り広げられております。7月20日の参議院選挙を前に、ロシアによる大規模な情報工作が日本のSNS空間で激化しており、その規模と巧妙さは、もはや看過できないレベルに達しています。  簡単に状況を説明しますと、このような感じです...

なお自民党、国民民主党、立憲民主党に所属する議員の中にも、過去に「スプートニク」に出演したことがある者がいることも指摘されている。

参政党は「親露派」?:他政党の国会議員もスプートニク出演
参政党がロシア国営メディア「スプートニク」の取材を受けたことをきっかけに、「親ロ派」との批判が広がっています。しかし、こうした批判を展開する他党の姿勢にも、見過ごせない矛盾があります。 今回の参院選で自民党は鈴木宗男氏...

さや候補を含めて、これらの議員の「スプートニク」出演時に爆弾発言が行われた、ということではない。したがって、スプートニクがロシア政府系メディアである点を、「一発アウト」事項と考えるか、そうでないかによって、出演そのものの是非に関する意見は変わってくる。

そこで第三に、「スプートニク」を中心に、ロシアの「認知戦」が日本で遂行されている、といった話が広範に出回ることになった。実名で発言している評論家や学者層が堂々とそれを主張しているため、上述の国会議員の方々は、ついそれに引き寄せられてしまった、という面もあるだろう。

軍事評論家や国際政治学者の方々らが、SNSなどにおいて「ロシアとの戦争」が行われている、という認識を公に披露している。そのため、世論に影響を与えるためにかなり意図的に踏み込んでロシアの「認知戦」との「戦争」を受けて立つ、という覚悟が見え隠れする。

主要メディアも、この路線に相乗りしている。たとえば『日本経済新聞』は、「参政「ロシア選挙介入」疑惑で混乱 候補がロシア政府系メディア出演」という見出しの記事を書いた。

参政党「ロシアの選挙介入」疑惑で混乱 候補がロシア政府系メディア出演 - 日本経済新聞
20日投開票の参院選に出馬した参政党の候補者がロシア政府系メディアに出演したことを巡り同党が混乱している。神谷宗幣代表は自身は関知していないとして関係した党職員に辞職を勧告した。他党はロシア政府の選挙介入に利用されているのではないかとの懸念を指摘した。スプートニクに政治利用の疑惑東京選挙区に出馬した参政党の新人、さや氏...

しかしこれは実際には、他国で起こったとされる過去の事例と、「他党はロシア政府の選挙介入に利用されているのではないかとの懸念」していることについて、長文で紹介しているだけの記事である。「SNSを通じた戦争」の「戦場」でも、さや候補が「スプートニク」の取材を受けた、ということ以外には、目新しい事実の発見などはなされていない。

このまま新しい事実の解明がなければ、「ウクライナ応援団」ともいわれる日本の「専門家」やメディア層が、話を盛った、という事実だけが残りそうである。「SNSでのロシアとの戦争」に従軍し、勝利に向かって一丸となって世論誘導運動をしている気持ちになっていることが、その状況の背景にある、とも言えそうである。

欧州では、「スプートニク」を閲覧することができない。「トランプを見限って日欧同盟を通じてウクライナを全面支援してロシアを駆逐する」という立場からは、そもそも「スプートニク」の活動を禁止すべきなのだ、という主張につなげたい気持ちがあるだろう。

確かに、ロシアと事実上の交戦状態にある欧州では、反プーチン主義の思想にもとづく親ロ派の糾弾が激しい。そのことが各国で必ず選挙の争点になる。「ロシアの情報工作の影響を受けた」といった理由で、有力な大統領候補が立候補資格を取り消しされる事態も起こっている。

もともと欧州には、こうした統制を、むしろ民主主義の名目で実施しようとする伝統がある。第二次世界大戦後のドイツでは、「戦う民主主義」という考え方が憲法体制に取り入れられた。自由の敵と認定する者の自由を奪う規定である。ナチズムの反省の下に取り入れられたのだが、ボン基本法の下で、西ドイツでは、冷戦中はファシズムのみならず、共産主義の思想も認められなかった。1956年、憲法違反としてドイツ共産党を解散させられた。

今日の欧州では、ロシアに関する事柄は、ほぼ自動的に、自由の敵の事柄という認定になる。それどころか、今日のドイツでは、パレスチナとの連帯を訴える運動が、反ユダヤ主義として弾圧の対象となる。またドイツ政府機関は、極右政党とされるAfDを過激派認定している。

自由を否定する者の自由を制限するのは妥当として、誰がその制度の運用をするのかによって、様々な問題が引き起こされてくる。

この問題については、機微に触れる点もあるため、「The Letter」という会員制サイトのほうに詳述しておいた。

スプートニク騒動と「戦う民主主義」の暴走への警戒
参政党候補のロシア国営通信への出演が物議を醸し、ウクライナ支援層を中心に批判が噴出した。自由の敵には思想の自由の認めない「戦う民主主義」の理念は、常に具体的な運用面において、濫用の危険性を持つ。自由主義の原則と「戦う民主主義」の間のジレンマが、日本にも広がりつつある。

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