選挙の情勢を「外国のせい」にする人こそ、民主主義の脅威である。

與那覇 潤

今年の1月に出た『文藝春秋』では、浜崎洋介さんとこんな議論をした。2024年末にルーマニアで極右候補が躍進した大統領選挙を、「ロシアの工作だ」として無効にする事件を受けてのことだ。

ポピュリズムを生むのは熱狂でなく絶望である|與那覇潤の論説Bistro
前回の記事と同じく『文藝春秋』2月号の、第二特集は豪華な識者が世界各国の危機を論じる「崩れゆく国のかたち」。私と浜崎洋介さんの対談「SNS選挙は民主主義なのか」も載っています! 2025年2月号 目次 | 「文藝春秋」編集部 | 文藝春秋 電子版 … bunshun.jp 昨年12月12日に...

浜崎 外国からの政治干渉というのは、政治的には当たり前の話ですよ。だから干渉されないように防衛するんですが、でも、実施された選挙自体を無効にしてしまえば切りがない。それこそ「無限後退」です。
(中 略)
與那覇 証拠を示した上でならよいですが、自分に好ましくない結果を「悪い国のせいだ」と断定するだけなら、一種の陰謀論でしょう。沖縄で非自民の候補が勝ったら「中国の工作だ」と、決めつけるのと変わらない。

『文藝春秋』2025年2月号、196頁
現地でも、ロシアの干渉があったかの
真相解明は道半ば」とされている

わずか半年後、つまりいま、日本でも同じことが始まりつつある。実施中の参院選で、当初ノーマークだった参政党が急伸するや、「ロシアの工作の結果だ」と断定する人が出てきた(7月15日)。

参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ|山本一郎(やまもといちろう)
 『認知戦』という、頭の中を巡るネットでの工作が、日本の民主主義を脅かす形で、私たちの目の前で繰り広げられております。7月20日の参議院選挙を前に、ロシアによる大規模な情報工作が日本のSNS空間で激化しており、その規模と巧妙さは、もはや看過できないレベルに達しています。  簡単に状況を説明しますと、このような感じです...

日本人ファースト自体は当然のことなのですが、特に違法なことをしているわけではない、普通に日本で真面目に働いている外国人を排斥するような行動をしたり政党を支持したりするようになるのは、ほぼ確実にロシアのプロパガンダによる分断工作の術中にハマっていると言えます。

山本一郎氏note(強調は引用者)

著者の山本一郎氏は草創期の「2ちゃんねる」に関わった実業家で、名誉毀損訴訟の当事者になることが多く、3回にわたりTwitterのアカウントが凍結されるなど(本人が認めている)、とかく問題の多い人だ。通常なら、発言がベタに信じられるというより、「ホントかな?」と疑問を持ちつつ読まれることが多いと思う。

もちろん著者が誰であれ、事実に基づく主張は尊重されるべきだ。しかし上記の記事を読んでも、ロシアが介入したという物証は示されない。本人が「調査手法に関するお問い合わせにはお答えできません」としている以上、科学的な検証もできないので、コメント欄でも批判する声は多い。

ところがこの山本氏の記事を、全肯定する形で拡散している「学者」がいる。ウクライナ戦争のセンモンカとして知られた人だが、ロシアを批判できれば、学問的な根拠はどうでもいいらしい。

2025.7.15
@hinabe_ch は、現在の山本一郎氏の
アカウントと目されている

学者だけではない。多くの選挙区で参政党と保守票を獲りあい、勝敗を競っている与党自民党の有力政治家が、異口同音に「この選挙には外国(ロシア)が介入している」との旨を口にし始めた。いずれも7月15日のことだ。

小泉農水相、外国勢力のネット工作を危惧 ロシア念頭か「われわれの選挙も例外でない」
小泉進次郎農林水産相は15日、インターネット上の偽・誤情報を巡り、「過激な主張を展開するアカウントを外国の勢力が利用・拡散して、政治を不安定化させようという動…
【参院選】河野太郎氏、ロシアの“干渉疑惑”に言及「民主主義への大きな脅威になりかねません」 - 社会 : 日刊スポーツ
自民党の河野太郎元外相は16日までに自身のX(旧ツイッター)を更新。参院選(20日投開票)をめぐり、ロシアによる情報工作などの干渉が行われているのではないかと… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)

翌16日には、山本氏が「第三国との関係が疑われる大手アカウント」として記事内で挙げたものが、Twitterで凍結されている。しかしnoteで「物証なし」の告発がバズっただけで、そんなことが起きるのか。不自然と評するほかはない。

参政党・日本保守党など支持する政権批判アカウントがXで一斉凍結 言論封殺か、正当な規制か、揺れるSNS空間 - coki (公器)
参政党や日本保守党支持、政権批判を行っていたアカウントがXで一斉凍結。山本一郎氏の「ロシア製ボット」NOTEが影響との指摘も。言論統制か健全化か、民主主義の根幹が問われる局面に。

これこそまさに、学問や言論の自由と、民主主義への脅威である。

山本氏の記事は、ロシアがSNSに介入し「生活に不満を持つ日本国民にすべての責任は政府にあると怒らせ」、左右問わず「政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げ」ているとするものだ。しかし国民の不満や左右の急進化をテーマとする学問的な研究は、たくさんある。

社会はなぜ左と右にわかれるのか―対立を超えるための道徳心理学
リベラルはなぜ勝てないのか?政治は「理性」ではなく「感情」だ―気鋭の社会心理学者が、哲学、社会学、人類学、進化理論などの知見を駆使して現代アメリカ政治の分断状況に迫り、新たな道徳の心理学を提唱する。左派と右派の対立が激化する構図を明解に解説した全米ベストセラー。
壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き/A.R.ホックシールド, 布施 由紀子|人文・社会科学書 - 岩波書店
青い州から「壁」を越え,右派の心へ向かう旅に出た著名学者が赤い州の人々のディープストーリーを描き出す. A.R.ホックシールド 著

政治学はもちろん、社会学・心理学・哲学……と、いくらでもある。ところがそうした議論は、このまま行けば、選挙の後にこう言われるだろう。

「何を言ってるんですか? 国民の怒りも、左右の過激化も、ロシアが工作して生まれたもので、ウチの国のせいじゃないですよ?」

「なぜロシアの工作を非難せず、日本の社会に問題があったみたいに書くんですか? みなさーん、この著者は親露派ですよー!」

……と。歴史学でも、ワイマール共和政の中道路線が支持を失い、極右と極左が伸びて右が勝利する過程の分析は多くあったが、そんなのはぜんぶ「コミンテルンの工作だった」と、呼ぶに等しい主張が広まってゆくわけだ。

ナチスを台頭させ、民主主義を滅ぼした「お気持ち司法」|與那覇潤の論説Bistro
今週発売の『文藝春秋』4月号にも、連載「「保守」と「リベラル」の教科書」が掲載です。なんとついに! 今回、歴史学者の著作が初登場(笑)。 東大西洋史の教授で、のち総長も務めた林健太郎が1963年に刊行した中公新書の古典『ワイマル共和国 ヒトラーを出現させたもの』です。 林健太郎『ワイマル共和国』 | 與那覇 ...

そこで止まれば、まだいい方である。報道を引用した小泉進次郎氏も、河野太郎氏も、首相になる可能性のある政治家だ。彼らが将来、意に沿わない結果が出た選挙に対して、

「後で調べたら、外国がSNSで介入していたので、この選挙は無効にする

と、言い出すかもしれない。煽りや誇張ではなく、「進んだEU」で、現に起きていることだ。

以前も紹介したが、日本の同盟国であるアメリカのヴァンス副大統領は、ルーマニアでの「選挙無効」の判定こそが、外ではなく内から来る民主主義への脅威だとして、強く欧州を叱責した。

AfDは「ヒトラーとスターリンの同盟」を再来させるか|與那覇潤の論説Bistro
前回の続き。『文藝春秋』のコラムをドイツ政治史の古典で書いたのは、もちろん2月の同国の総選挙で、極右と呼ばれるAfD(ドイツのための選択肢)の躍進が予見されていたからである。 よく指摘されるが、2013年に反EU政党として結成され、近年はむしろ「親露派政党」として知られるAfDは、旧東ドイツの地域で圧倒的に強い。も...

視野を広げてくれと言いたい。ロシアがソーシャルメディアの広告を買って選挙に影響を及ぼすのはいけないことだと信じてもいいでしょう。……でもね、あなたの民主主義が、外国からの数十万ドルの広告で破壊されるようなものなら、そもそも大して強い民主主義じゃなかったのでは?

2025.2.14のミュンヘンでの演説
山形浩生氏の訳文から、誤字を修正

そもそも、いまの日本が根本的に「どこかおかしい」という疑念から、既成の政党やメディアで主流の論調を嫌い、意想外の選択肢に投じる現象は、参院選の前から起きている。昨年なら石丸伸二氏の躍進や、斎藤元彦氏の再選であり、その前にもN国だったり、色々あった。

それらもぜんぶ、ロシアが介入して「不安定化」工作を施した結果なのか。石丸氏や斎藤氏が伸びて、ロシアになんの得があるのか。そこまで自在に選挙を操れる無敵の大国なら、むしろ歯向かうのをやめたらどうか。

疑惑の兵庫県知事を再選させた「見えない敗戦」|與那覇潤の論説Bistro
11月17日の兵庫県知事選が、再選をめざした前職の「ゼロ打ち当確」に終わり、世相が騒然としている。むろん、当選した斎藤元彦氏がパワハラ疑惑の渦中の人だからである。 刑事被告人のまま米国大統領選に勝利した「トランプを思わせる」とか、斎藤バッシングが主流だったマスコミを「ネットメディアが覆した」とか、様々に言われているが...

私たちがやるべきことは、明白であり、何度も書いている。政府とメディアと専門家が総ぐるみでまちがえた新型コロナ禍以来の失敗を放置し、検証せず、あたかも「なにも問題はなかった」かのように装っているから、社会の現状それ自体への不信が高まっているのだ。

必要なのは反省であり、誤りを認め、責任がある者を処罰し、時に失敗があったとしても「社会はまともである」と示すことだ。そうすることで初めて、「現状の全否定」を看板にする極端な政党への、期待や支持は弱まる。

なぜ日本の飲食店は、今もマスクをやめられないのか(『潮』座談会完結です)|與那覇潤の論説Bistro
発売中の『潮』8月号に、2年間ほど続いた読書座談会の完結を受けた寄稿が載っている。参加者は、岩間陽子・開沼博・佐々木俊尚・東畑開人の各氏で、もちろんぼくも一文を寄せている。 許可を得て、ぼくの文章の全文を載せる(アゴラへの転載もOKとのことです!)。編集部によるタイトルは「異論が排除されない自由な空間を」だけど、基本...

ところがそれを妨害する者がいる。自分のまちがいを認めたくない、あのとき一緒にズッコケた政府やメディアを、今後も巻き添えにして「おいしい思いをし続けたい」という事情の持ち主だ。

そうした人が、学問的な手続きを踏まえず「現状が悪いわけじゃない。不満はぜんぶロシアの工作! 」と言い出しても、不思議はない。ニセモノのセンモンカに、学者の矜持はないからだ。

ウクライナ論壇でも始まった「歴史修正主義」: 東野篤子氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
2020年の7月に出た雑誌への寄稿を、「コロナでも始まった歴史修正主義」という節タイトルで始めたことがある。同年4~5月の(最初の)緊急事態宣言が明け、その当否の検証が盛んだった頃だ。 池田信夫氏のJBpress(2020.5.15)より 統計が示すように、①新型コロナウィルスへの感染は緊急事態宣言の前からピークアウト...

参政党がまともかはともかく、コロナ禍以来ずっと続く「ニセモノの時代」を終わらせるきっかけとして、俺たちは現状を信じないとする民意を可視化することには、意味がある。したがって、最大限の躍進が望ましい。

なによりそれを解説する役割は、ホンモノが担うべきだ。「同業者は庇いあおう」といった矮小なカルテルに基づき、ニセモノの事実誤認はおろか、陰謀論すら批判できない学者もまた、ニセモノである。落選する代議士と手を取りあって、速やかに退場させることが必要である。

参考記事:

参政党の「家父長主義」は、日本にもトランプ革命をもたらすか?|與那覇潤の論説Bistro
7/20の参議院選挙で、参政党が躍進する見込みだという。復古調で「自民党より右」とされる小政党はこれまでもあったが、選挙で台風の目となるほど勢いづく例は、戦後史上で初だろう。 「女性は出産・育児を最優先に」なニュアンスの、古めかしい家族規範が家父長的だと批判されているが、同党を支持する女性も多いらしい(というか女性候...
戦時に誤りを発信した専門家に「軍法会議」はないのか|與那覇潤の論説Bistro
8月15日の終戦記念日にあわせて、前回の記事を書いた。実際には兵站が破綻しているのに「あるふり」で自国の戦争を続けさせたかつての軍人たちと、本当は(信頼に足る)情報なんて入ってないのに「あるふり」で他国の戦争を煽り続ける専門家たちは、同類だというのが論旨である。 とはいえまさか、ここまで即座に「そのもの」の事例が飛...
戦時に誤りを発信した専門家に「軍法会議」はないのか|與那覇潤の論説Bistro
8月15日の終戦記念日にあわせて、前回の記事を書いた。実際には兵站が破綻しているのに「あるふり」で自国の戦争を続けさせたかつての軍人たちと、本当は(信頼に足る)情報なんて入ってないのに「あるふり」で他国の戦争を煽り続ける専門家たちは、同類だというのが論旨である。 とはいえまさか、ここまで即座に「そのもの」の事例が飛...

(ヘッダーは3年前、参政党の初議席獲得を報じるNHKより。今日の報じ方との落差も興味深い)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。