ボードゲームが、自己啓発に「騙されにくい」大人を作る

前に『ボードゲームで社会が変わる』を著書でご紹介くださった、米光一成さんが新刊を送ってくださった。デジタルで『ぷよぷよ』、アナログで『はぁって言うゲーム』を大ヒットさせたゲーム作家が、創作に満ちた実人生を語っている。

御礼: 米光一成『人生が変わるゲームのつくりかた』に拙著が掲載!|與那覇潤の論説Bistro
7月に順天堂大学のイベントでお目にかかった、ゲームデザイナーの米光一成さんに、新著『人生が変わるゲームのつくりかた』をご恵投いただきました。末尾の「次に読んでほしい本」のコーナーで、私と小野卓也さんの共著『ボードゲームで社会が変わる』を挙げてくださっています。 そもそも同書の刊行後まもなく、米光さんにはサブスク番組...

……と聞くと、今日では「これがヒットを生み出すコツです」的なハウツー本を、つい連想する。なにか劇的な人生の画期みたいなものがあり、この経験があの作品に実を結ぶ! なサクセス・ストーリーを予感するわけだ。

が、誠実な著者(米光氏)は、そんなものはない。むしろ、そうした期待を持つこと自体が罠だと、はっきり書いている。


ゲーム作家の全思考

ものづくりのきっかけは何か、どうやってアイデアが閃いたのかという質問をたびたびされるが、ほんとうのところは「これまでの人生のあれもこれも」なのだ。ところが、こんな答えではインタビュアーは許してくれない。
(中 略)
だいたいの場合、創作のきっかけとして「人生のあれもこれも」なんて答えたら、その部分はカットされる。卑近なきっかけを答えた部分がおもしろおかしく紹介されるだけだ。

4-5頁(強調は引用者)

これをわかんない人、すっごい増えてますよね。創作の秘訣に限らず、メディアで流通するのはストーリーであり、そこで語られる「因果関係」は後づけで作られた・演出されたものなんだっていう常識が、消えている。

なんでそうなるのか。ストーリーを「練り上げる」ことのプロが減り、アマチュアがばんばん配信する時代になったのは大きいだろう。意識高い系のSNSとかを想定すると、わかりやすい。

成功した人がブランドもののキラキラ・アイテムを映してるからと言って、それは「演出」でそうしてるだけで、同じようにキラキラぶりをPRすれば誰でも成功できるわけじゃない。が、それをわからないまま自分が発信する側に回っちゃうと、悲劇が起きる。

なぜ承認欲求のためにキラキラすると失敗するのか|與那覇潤の論説Bistro
いま発売中の『週刊新潮』12月12日号に、JTさんのPR記事の形で1ページもののインタビューが載っています。連続企画の名前は「そういえば、さあ」で、私の回のタイトルは「ネガティヴさを許しあえる社会に」。 ずばり! イントロは「コロナでみんなが自粛しろと言って飲食店を閉めたので、逆に公園で外飲みするのが趣味になりました...

「こんなことどうやって思いつくんだ」って思わせるアイデアは、乱暴な現場の偶然性がきっかけになって生まれる。そのような偶然が生じやすい現場をつくることは大切だけど、その「偶然」を再現しようとしても無駄だ。

まして「卑近なきっかけ」を直接マネしてもしょうがない。風呂に入れば「エウレカ! エウレカ!」ってなったのだから、がんばって風呂に入ろうなんてのは馬鹿げてるだろう。

米光著、6頁

この箇所を読んで、久しぶりに歴史学のことを思い出した(笑)。歴史を描く上でも「因果関係」を想定するのは大事だけど、ストーリー作りに成熟していないと、「風呂が発明の原因だ!」みたいなミスをしがちだ。

たとえば第一次世界大戦の「きっかけ」はサラエボ事件で、犯人の名はプリンチップという。でもじゃあそのプリンチップ氏の私生活を、インスタライブを覗き見する感じで事細かにジッショー! すれば、戦争の「原因」がわかるだろうか。

そんなわけない。昔読んだその説明がちょうど、米光さんの書き方とぴったり同じで、懐かしく思い出した。

歴史は「べき乗則」で動く ―種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学―: 書籍- 早川書房オフィシャルサイト|ミステリ・SF・海外文学・ノンフィクションの世界へ
早川書房オフィシャルサイトの歴史は「べき乗則」で動く ―種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学―ページです。当サイトでは、ミステリ、SF、海外文学、ノンフィクションの名作から最新刊まで、幅広いジャンルを網羅した書籍の情報を提供しています。早川書房の世界を、こちらの公式サイトからご堪能ください。

大規模な出来事と偉大な砂粒とを結びつけようとする心理的欲求がどれだけあろうとも、この考え方は捨てなければならない
(中 略)
砂山には常に、一粒の砂の落下が世界を変える影響を引き起こすような場所が存在する……そのような砂粒は、たまたまその場所にその時間に落ちたというだけの理由から、特別なものとなるのだ。

臨界状態にある世界では、偉大な役回りは必ず存在し、そこに当てはめられる砂粒も必ず存在する。

単行本版『歴史の方程式』274頁
(改行を付与)

大事なのは「崩れかけている砂山」という構造ないし環境があったことで、たまたまそれを崩した砂粒だけを見てもしょうがない。ところが、ジッショーな歴史学者は頭が悪いので(苦笑)、うおおお俺の方がアイツより正確にどの砂粒か特定したぜ! みたくドヤってしまう。

ボードゲームをプレイすると、誰かが最後には勝つので、自ずとストーリーが生まれる。敗者も交えて、「あの一手」が決定的だったね、といった感想戦が盛り上がる。だけど自分も一緒に体験しているから、そうした因果関係が、「作られたもの」であることが見えやすい。

実際にそこが分水嶺だったとしても、あらかじめその一手を「打てる」状態にあったことが、まず大事である。さらには他の参加者が、そのとき違った対応をしていれば、決定的な打撃にはならず、もっと後の別のタイミングが「勝敗の分かれ目」になったかもしれない。

わかる方には自明でしょうが、
砂粒の喩えはカオス理論由来です。
写真はこちらのまとめから

そうした「偶然性の自覚」を持つことは、いま、とても大切である。

よく言われる「生きづらさ」の正体は、要は特定のストーリーしか認められない環境のことである。で、それは必然なんだ、決まってるんだ、変えようがないんだとする空気が、ストーリー音痴な人の増加とともに、自己啓発めいた媒体を通じてどんどん強まっている。

「本居宣長」とはなにものだったのか|與那覇潤の論説Bistro
2021年に「親ガチャ」が流行語になり、賛否を呼んだのは記憶に新しい。しかし私たちは、規格化されたクローン工場で製造されて生まれるのではないから、ガチャがあるのは本来あたり前だ。 むしろ問題は、これを使えばガチャの「あたりはずれ」を均せると信じられてきた装置が、世界中で壊れてしまったことの方にある。 冷戦下には、①...

九州は福岡市のアフタースクール「び場」の人たちが、拙著をテーマにイベントを開いてくれることになった。ぼくは 8/6(水)にZoom出演で、共著者の小野卓也さんは 9/23(火祝)に現地で、ゲスト登壇する予定だ。

1時間弱の講演の後は、参加者どうしで実際にゲームもプレイできる。詳細は以下のとおりなので、近くに住む方が、足を運んでくれたら嬉しい。

『ボードゲームで社会が変わる』著者と小中学生が共創!福岡発・ケアと遊びを問い直すイベント開催(8/6、9/23開催)
社会福祉法人文寿会のプレスリリース(2025年7月23日 13時20分)『ボードゲームで社会が変わる』著者と小中学生が共創!福岡発・ケアと遊びを問い直すイベント開催(8/6、9/23開催)

ボードゲームも作品により当たり外れがあるけど、公平に言ってジッショーな歴史学者の書くものよりは、遥かに回して楽しいガチャなことはまちがいない。こうした仕事の依頼はもっと増えてほしいので、他の方もよろしくお願いします!

参考記事:米光さんのnoteと小野さんのblogも

薬と松葉杖のあいだ|與那覇潤の論説Bistro
先日、精神医療の本を多く出す金子書房の加藤浩平さんと、『アナログゲーム療育』の著者である松本太一さんとご一緒する機会があった。 加藤さんは私の『ボードゲームで社会が変わる』(共著)で、辻田真佐憲さんとのプレイングにも協力してくれた方。松本さんは、講演で伺った発達障害についての知見(ADHDとASDの異同)について、『...
米光一成:ゲーム作家|note
ゲーム作家、ライター、デジタルハリウッド大学教授 代表作「ぷよぷよ」「バロック」「トレジャーハンターG」「はぁって言うゲーム」「あいうえバトル」「ピラミッドパワー」「ジャーナリング・オブ・ザ・デッド」 
Table Games in the World - 世界のボードゲーム情報サイト
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(ヘッダーは、公式な「び場」の紹介動画より)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。