「訪日外国人仕様」になる東京のホテル

黒坂岳央です。

先日、仕事で東京に出張した際、都内の外資系ホテルに宿泊した。前回利用したのは2014年前後だったので、実に10年ぶりの再訪である。

館内に足を踏み入れてまず感じたのは、「本当にここは日本なのか?」という感覚だった。ロビーに響くのは英語と中国語ばかりで日本語はあまり聞こえてこない。スタッフもゲストも多くが外国人で、まるで海外のホテルに来ているような感覚を覚えた。

今回宿泊したホテルのラウンジ。スタッフもゲストも外国人ばかり

もちろん、この変化は筆者が利用したホテルに限らない。都内の他の外資系ホテルにおいても同様の傾向が見られる。観光庁のデータによると、2024年の訪日外国人旅行者数は2,500万人を超え、コロナ前の水準に急速に回復。こうした需要を背景に、ホテル業界全体が「誰を主役とするか」の戦略転換を進めているのだ。

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10年で変わったホテル

かつての外資系ホテルでは、外国人ゲストには英語対応、日本人には日本語対応という「多言語併存型」の接客が一般的だった。

しかし現在では、日本語を話せない外国人スタッフがフロントやコンシェルジュを担当するケースも増えている。これは、単なる人材の個性ではなく、ホテル全体の運営方針が変わったことの現れだ。

背景にあるのは、次の3つの構造的要因である。

1つ目は深刻な人手不足だ。厚労省の調査では、宿泊業の有効求人倍率は2023年時点で約4倍と高水準を記録しており、特に都市部では採用難が続いている。

2つ目に日本人のサービス職離れがあげられるだろう。若年層を中心に「接客業は避けたい仕事」とされ、業界全体で人材の確保が難しくなっている。

そして3つ目にインバウンド消費の爆発的回復があげられる。JNTOによると、2024年のインバウンド消費額は約5.3兆円に達しており、自動車産業に次ぐ第2位の輸出産業になっているのだ。

こうした状況のもと、語学力のある外国人スタッフを積極採用し、日本語力の有無を問わないという方向に舵を切るホテルが増えている。実際、都内の外資系ホテル求人には「英語ビジネスレベル」「日本語日常会話レベル未満でも可」と明記されているケースもあるのだ。

地方ホテルとの決定的な違い

筆者は東京より地方へ旅行に行くことが多いのだが、地方都市の旅館や中堅ホテルでは、依然として日本人スタッフが中心で、接客も日本語が主軸であると感じる。

観光庁の宿泊旅行統計によれば、地方ホテルにおける外国人宿泊者の比率は東京の約1/3〜1/5程度にとどまる。当然ながら、インバウンド対応は補助的であり、国内旅行客を主眼としたホスピタリティが維持されている。

この差は、単なる立地の違いではない。外資系ホテルが「グローバル市場」を見据え、インバウンド向けに最適化されていく一方で、地方ホテルは「国内需要の受け皿」としての機能を持ち続けている。つまり、都市部と地方で、サービス設計の“ターゲット”が分岐しているのだ。

日本人にとっての「居場所」の再定義

誤解してはならないのは、外国人スタッフの採用そのものが問題ということではない。むしろ、人手不足を補い、インバウンド対応を強化する現実的な手段として必要不可欠な存在である。

だが、同時にこうした変化は、「日本人宿泊客にとっての使い勝手」や「安心感」の喪失につながる懸念もある。

たとえば、言語が通じないことでチェックイン時の細かな要望が伝わらなかったり、トラブル時に誤解が生じたりする可能性がある。国交省の調査によると、外国人スタッフによる日本語接客への不満は一定数あり、対応改善を求める声も多い。今後は、「外国人スタッフの日本語研修」や「顧客属性に応じた人員配置」など、バランスの取れた運用が求められる。

ホテルという空間は、単に宿泊する場ではなく、その国の文化やもてなしの象徴である。その場において「日本語が通じにくい」「日本人向けの配慮が薄い」と感じる日本人宿泊客が増えることがあるなら、それはサービス設計における何かが置き去りになっているということかもしれない。

観光業が日本の基幹産業となった今、問われているのは、「外国人に優しいだけでなく、日本人にも優しい」サービスの再設計である。多言語対応とともに、多文化共存・多層ニーズへの応答が求められているのが令和のホテル事情といえよう。

 

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