フランスのマクロン大統領が先月24日、パレスチナの国家承認を来月の国連総会で正式に表明すると発表して以来、英国、カナダ、ポルトガルなどが次々とパレスチナの国家承認の意向を表明してきた。その直接の契機はイスラエル軍の攻撃を受け、衣食住を失ったパレスチナ住民の悲惨な人道的状況を目撃したことだ。ただ、看過してはならない点は、イスラエルとパレスチナ間の外交交渉が進展し、2国家共存の道が見えだしたからではないことだ。2国家共存の可能性だけでいえば、現在のパレスチナ状況はむしろ最悪だ。
イスラエル国会(クネセト)のアミール・オハナ議長(リクード党所属)は先月30日、スイスのジュネーブの国連で開催された列国議会同盟(IPU)主催の第6回世界国会議長会議で演説、2025年7月30日、クネセト公式サイトから
フランスや英国がパレスチナの国家承認に傾斜してきたことに対し、イスラエル側は「ハマス(イスラム過激派テロ組織)の2023年10月7日の奇襲テロに報酬を与えるようなものだ」と指摘し、国家承認に走る国に対して強く反発している。
ちなみに、イスラエル国会のアミール・オハナ議長(リクード党所属)は先月30日、スイスのジュネーブの国連で開催された列国議会同盟(IPU)主催の第6回世界国会議長会議で、フランス大統領と英国首相のパレスチナ国家承認発言について言及し、「10月7日を踏まえ、パレスチナ国家を承認することはハマスに報酬を与えることになり、地域の安定、共存、協力をもたらすどころか、イスラエル人とユダヤ人にさらなる殺害をもたらすだけだ。もしあなた方がそれを望むなら、パレスチナ国家をロンドンかパリに樹立すべきだ」と述べている。
国連加盟国193か国中、パレスチナの国家承認をしている国は144か国と過半数を大きく上回っているが、国連安保常任理事国の米国が拒否している以上、正式の国家承認は難しいという状況には変化はない。例えば、国連に加盟する場合、加盟国が新国家を国家として承認するためには、国連安保理の勧告と総会の承認を必要とする。国家の条件としては、「領土」「国民」「主権」の3点が挙げられる。
現在のパレスチナが上記の国家の条件、国連の加盟国への条件を満たしているとは到底言えない。国民を統治する政府が存在するだろうか。パレスチナ自治政府は存在するが、久しく腐敗、汚職問題が指摘され、その行政能力はほぼ皆無だ。一方、ガザ地区ではこれまで「ハマス」が実質的統治してきたのだ(国連は2012年11月、パレスチナ自治政府に「非加盟オブザーバー国家」としての参加資格を認めている)。
ところで、米国を除くと、欧州ではドイツは依然、パレスチナの国家承認を表明していない数少ない国だ。それゆえにというか、欧州諸国からはドイツにパレスチナの国家を承認すべきだという圧力が日増しに強まっている。ドイツ国内でもメルツ政権にフランスや英国に倣ってパレスチナ人に連帯すべきだという声が聞かれる。
このコラム欄でも報告したが、ドイツではイスラエルに対して無条件で支援するという国家理念(Staatsrason)があって、それがドイツの国是となってきた。その背景には、ドイツ・ナチス軍が第2次世界大戦中、600万人以上のユダヤ人を大量殺害した戦争犯罪に対して、その償いという意味もあって戦後、経済的、軍事的、外交的に一貫としてイスラエルを支援、援助してきた経緯がある。メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是(Staatsrason)だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していった。
メルツ首相は5月26日、ベルリンで開催されたドイツ公共放送「西部ドイツ放送」(WDR)主催の「ヨーロッパフォーラム」で、イスラエル軍のガザでの行動について、「ガザの民間人の苦しみはもはやハマスのテロとの戦いによって正当化されることはない」と強調し「イスラエル政府は最良の友人でさえも受け入れることができなくなるようなことをしてはならない」と、イスラエルのガザ戦闘を厳しく批判した。そのメルツ首相もパレスチナの国家承認に対しては依然、消極的だ。
すなわち、メルツ首相はパレスチナ人への人道支援と国家承認を明確に分けて対応しているわけだ。フランスや英国はパレスチナの国家承認の意向を表明し、イスラエルへの武器輸出の禁止を叫び出している。その中で、ドイツは国是としてイスラエルの安全に対して義務を有する一方、ガザ地区のパレスチナ人に非人道的な状況の早急な改善をイスラエル側に要請。パレスチナの国家承認問題では「まだ時期尚早」という立場をキープしているわけだ。
ヴァ―デフール独外相は先月31日、2日間の日程でイスラエルを訪問。エルサレムではネタニヤフ首相やサール外相らと会談し、「飢饉による大量死を回避するため、人道支援と医療支援が迅速かつ安全に、そして十分に到着できるようにする義務がある。さもなければ、イスラエルは国際的に孤立してしまう」と警告する一方、「国家承認の前に紛争間の交渉をまず始めなければならない。それも可能な限り早くだ。そのためにガザ地区の戦争の即停止が不可欠だ」と指摘し、「私はイスラエル側がドイツ政府の考えを正し理解したと信じる」と述べている。ちなみに、サール外相は「ドイツは西側諸国で唯一、物事を合理的に判断できる国だ」と評している。
なお、ヴァ―デフール外相は1日、イスラエル訪問を継続し、パレスチナ自治政府があるヨルダン川西岸地区でアッバース大統領と会談する。会談では、ヨルダン川西岸におけるイスラエル人入植者によるパレスチナ人への暴力の激化や、イスラエルによる同地域の併合検討などについて協議される見込みだ。イスラエル国会(クネセト)は最近、併合を支持する決議を可決し、国際的な批判を浴びたばかりだ。
いずれにしても、ガザ戦争を契機に、ドイツの中東外交は、これまでの無条件なイスラエル支持から、イスラエルの国家保全への支援と連帯をキープしながら、イスラエル軍の過剰な軍事行動には注文をつける、といった幅のある外交に転換しだした。ドイツの中東外交の進展を注視したい。
2024年イスラエルを訪れたメルツ首相
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。