トランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の米ロ首脳会談が15日、米国のアラスカ州で開催されることになった。主要テーマは2022年2月末以来続くロシアとウクライナ両国間の戦争の停戦だ。同会談にはウクライナのゼレンスキー大統領は招待されていないが、米メディアによると、ゼレンスキー氏の参加はまだ完全には排除されないという。トランプ大統領は「モスクワとキエフの間で最高レベルで直接協議を行う必要性がある」と強調しているが、ロシア側はウクライナ抜きの米ロ首脳会談を望んでいるという。
ゼレンスキー大統領はクルスク作戦への参加に対し第95ポリシア独立空挺旅団の戦士たちに感謝の意を表し、国家勲章を授与,2025年8月6日、ウクライナ大統領府公式サイトから
米ロ首脳会談は2021年夏以来だ。ジュネーブでプーチン大統領とバイデン前米大統領間で行われたのが最後だ。トランプ氏は2期目に入ってプーチン氏とは電話会談は何度も行ってきたが、対面会談は初めて。
米ロ首脳会談の見通しについては、欧州のメディアは相対的に悲観的だ。ウクライナが参加しない会議でウクライナの領土分割問題などがテーマとなったとしても、ウクライナのゼレンスキー大統領が強調するように、ウクライナ側の拒否は目に見えているからだ。辛辣な欧州メディアは「アラスカの米ロ首脳会談は元ソ連国家保安委員会(KGB)のエージェントと元米不動産王が演じる政治劇に過ぎない」と一蹴、成果は期待できないとみている。
ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは9日、ウクライナの首都キーウで市民に米ロ首脳会談への期待などについてコメントを拾っていたが、多くは「プーチンを信じることはできない。ロシアは停戦に絶対に応じない」、「ウクライナ抜きで我が国の問題を協議すること自体、正当とは言えない」といった懐疑的な声がほとんどだった。ロシア軍の侵攻以来、3年以上続く戦争に多くの国民は疲れてきている。
トランプ氏はプーチン氏との会談が困難であることを認める一方、交渉では「領土交換」が話し合われる見通しを示唆している。トランプ氏は「我々は実際に何かを取り戻し、何かを交換したいと考えている。これは複雑で、容易なことではない」と説明するが、同氏が言及している領土がどの領土かは不明だ。
ウクライナはロシア西部クルスク地方のごく一部しか実効支配していない。一方、ロシアはウクライナ領土の約5分の1を実効支配している。モスクワは、ウクライナに対し、2014年に併合したクリミア半島や、ロシアが部分的にしか実効支配していないルハンスク、ドネツィク、ザポリージャ、ヘルソンの各州からの撤退を繰り返し要求している。
それに対し、ゼレンスキー氏は9日、ウクライナ抜きでの決定に反対を表明し、トランプ大統領が提案した「領土交換」は選択肢ではないと明言している。同大統領は「ウクライナの領土問題に対する答えはウクライナ憲法に定められている。誰もそこから逸脱することはできない」と主張している。
すなわち、ロシアとウクライナ両国の主張は数か月前から変わらない。そのような中で、トランプ氏の「領土交換」案が成果をもたらすとは思えないわけだ。
米ロ首脳会談を控え、英国、ドイツ、フランスなど西側諸国の政府代表団は9日、英国ロンドンで会合を開いた。英国のデービッド・ラミー外相と米国のJ・D・ヴァンス副大統領が主催した同会合では、トランプ大統領のウクライナ政策について、米国と西側諸国との意見の調整が主要目的だったという。スターマー英首相官邸によると、「プーチン大統領に対し、違法な戦争を終わらせるよう圧力をかけ続ける必要があること、領土交換は相互的でなければならず、確固とした安全保障の保証がなければならないことで一致した」という。
トランプ大統領は第2期政権開始直後はモスクワに接近し、ウクライナには距離を置いてきたが、ロシア軍のウクライナへの軍事攻勢が激化し、多数の死傷者が出てきたことを受け、プーチン大統領への批判を強め、モスクワに対してウクライナ戦争終結の最後通牒(8月8日まで)を突きつけたばかりだが、ここにきて米ロ首脳会談の開催を優先し、対ロ制裁の強化はトランプ氏の口から出なくなってきた。
いずれにしても、アラスカでの米ロ首脳会談はプーチン氏にメリットがある。ロシアが孤立していないことを世界に示す絶好のチャンスだからだ。同時に、ウクライナ戦争についても、ロシア側の正当性を訴える機会となる。ちなみに、アラスカは1867年3月30日、米国がロシア帝国から買収した地だ。両国の因縁があるアラスカは米ロ首脳会談の開催地としては最高の書割だ。
明確な点は、ウクライナを含む欧州諸国はプーチン氏が停戦を願っていないと受け取っている。プーチン氏は首脳会談でトランプ氏がどのようなオファーを提示するかを見守るだけに終わるのではないか。実際、クレムリン顧問のユーリ・ウシャコフ氏は「次回の米ロ首脳会談はロシア領土で開催」と米国側に提案したことを明らかにしている。アラスカの米ロ首脳会談はあくまでも第1回目の会談であり、第2、第3の首脳会談が予定されていることになる。それまで、ウクライナ戦争の停戦はあり得ないことになるわけだ。
なお、米メディアの報道によると、プーチン大統領は首脳会談に先立ち、ロシアがウクライナ東部のドネツク州とルハンスク州を完全に掌握することを要求している。プーチン大統領は6日、モスクワを訪問した米国特使スティーブ・ウィトコフ氏に伝達済みという。米ロ首脳会談の開催は現時点ではプーチン氏の外交勝利に終わりそうだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。