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参議院選挙戦中に参政党の候補者がスプートニクの取材に応じたことが、大きな問題として取り上げられた。その後、政府に批判的な人物たちのSNSアカウントが一斉に閉鎖になるという事件があった。ロシア政府が日本政治に混乱をまき散らそうとしている!といった声が一斉にあがったが、どさくさ紛れのような話も多々見られ、混乱が広がった。
おお、ロシア政府は、日本のこども家庭庁を嫌っていたのか・・・。 https://t.co/bOjbgacKoE
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) July 18, 2025
この問題は、自由主義社会としての日本のあり方を左右する重大な内容をはらんでいると思われる。他方、関心を持っているのは、敵を糾弾することに熱中している党派的に徒党を組んでいる方々ばかりだ。客観的な議論は、ほとんど見ることができない状況である。
まず硬直化した非難合戦の構図を整理しておこう。論点の整理は、その次に行う。政党間の関係から始めてみたい。
話題の参政党は、もともと「反グローバル」の思想的立ち位置を売りにしているところがある。その内容がブレているといった指摘もあるが、いずれにせよ参政党なりの「反グローバル」の立ち位置を主張している。この立場から、グローバリズムに対抗することを表明している勢力との思想的親和性が高くなる。
参議院選挙後には、ドイツの「極右」政党AfDの共同党首のクルパラ氏と参政党の神谷代表が会談をしたニュースもあった。この思想傾向から、ロシアが追求している「反グローバル」の姿勢と共鳴する部分が出てくるのは、おそらくはご本人方も認めるところだろう。そのうえで、スプートニクの取材に応じただけで親露派のレッテルを貼るのはおかしいと主張している。
自民党は、親米を売りにして長期にわたって政権を担当してきた政党だ。現在はともかく、冷戦時代にはアメリカから大々的な資金提供を受けて選挙を戦っていたことは、周知の事実である。思想傾向としては、したがって反露である。
ただし参議院選挙時からは、争点を「外国勢力による選挙干渉」と位置付けて、これに対する規制を導入することに関心をもっているようである。ただし、実態として、参政党などの親露派的な傾向を持つ政党が危険視されていることは当然とされているし、SNS等で取り締まり対象になるのは、要するに親露派的言説を流布している者だ。
次にメディアを見る。左・右(リベラル・保守)の対立軸と微妙なズレがある点は、政党間の関係と同様にポイントである。リベラル系とされる朝日新聞も、保守系とされる読売新聞も、反露的な立場は共通している。
読売新聞は、政府の主張をそのまま取り入れるような形で、SNSにおける言説の規制の必要を主張する趣旨の記事を出した。「ウクライナより被災地を支援すべきだ」という言説を流していたSNSアカウントが、ロシア政府の干渉の影響下にあったと外務省が考えているかのような示唆をしている。ただし、具体的な情報や、根拠はない。外務省が公式にそのような示唆をしたこともない。
記事そのものが匿名である。読売新聞、と言う名前の権威だけで、読者に結論の妥当性を信じることを求める記事である。
根拠不明、外務省の誰が何を言ったかも不明、新聞記事には署名がないまま、ウクライナ支援に反対する言説を取り締まる法的規制の主張だけは明快。果たして読売新聞と国際政治学者は、根拠なし結論のみの主張で、社会を動かせるか。
選挙とSNS 民意ゆがめる工作に対処急げhttps://t.co/S9RArCA6cz
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) August 8, 2025
なお読売新聞と同じ路線に、「週プレNEWS」記事などもあったが、釣り広告的な見出しではあるが、外国のエピソードを紹介したうえで、日本でも同様に事が起こっているかもしれない、という憶測だけで記事を書いている点は同じである

同じ保守系と言える産経新聞は、参政党に対して、これまで親和的なスタンスをとってきていると言われる。渡辺浩記者の署名で、「『外国勢力の選挙介入』は本当なのか 懸念は首相周辺が中心、親露と名指しのサイトは憤慨」という記事を出している。断定を避けて、政府vs反政府的言説サイトの対立の構図も意識した記事だ。

この問題で特徴的なのは、国際政治学者らが、SNSを通じて積極的に反ロシアのキャンペーン的な運動をしていることだ。
これまでロシアの選挙干渉があったとされる旧ソ連圏や東欧での事例に詳しく、現在もトランプ政権と旧オバマ政権関係者の間の憎悪の対立点になっているアメリカにおけるロシア選挙干渉疑惑の事例などを詳しく紹介する場合が多い。
他方、日本国内で何が起こったのかについては、あまり具体的な情報は発信できていないようである。日本の国際政治学者の多くは、反トランプの民主党系の立ち位置を基本とし、主流派はアメリカ東海岸のシンクタンクなどとも関係が深い。結果として、かなりどさくさ紛れのような情報発信も見られる。
マクロン夫妻がマクロン夫人は男性であると主張するMAGAのインフルエンサーを訴え、ロシアの工作など裏になにがあるのか徹底的に追求する構え。 pic.twitter.com/GxYVh3KBju
— Tetsuo Kotani/小谷哲男 (@tetsuo_kotani) August 11, 2025
フランスの事例に関して、マクロン大統領ににらまれた保守系黒人インフルエンサーのCandace Owens氏がどこまで「MAGA」を代表しているかは置いておくとして、『Financial Times』の記事では、マクロン大統領が雇用した調査官がロシアとの関連まで調べたが何も出てこなかった、という内容の文章が見られるだけである。
ロシアとのつながりが疑われたのは、ロシア系のメディアにOwens氏のバイデン政権時のアメリカ政府批判が数度取り上げられたことがあるとか、Owens氏がネオ・ユーラシア主義の有名思想家・アレクサンドル・ドゥーギンを取り上げたことがある、といった程度のことをきっかけにしたものだ。

これは参政党の場合と同じで、「反グローバル」の思想を掲げる勢力に特徴的な現象で、特に異質なこととも言えない。
現在、世界中で「反グローバル」系の思想が吹き荒れている。これらをすべてロシア系だという理由で取り締まることは、適切ではない以前に不可能である。
いずれにせよ、「ウクライナ応援団」系の学者層は、政府寄り・反ロシア・反トランプ・規制推進派(そもそもスプートニクなどは活動禁止にするべきだといった立場)と分類することができる。
これに対して、典型的な親露派として知られているアカウントなどは、対抗的な言説を行っている。
小泉氏も東野氏もテレビで話す内容がウクライナの徹底抗戦を扇動することに全振りで、停戦を望むウクライナ人の存在を完全に黙殺してる。
だから、「USAIDに金貰って、米国のために日本で
世論誘導してるんじゃないのか?」
って疑われてるんだよ、あの二人が。 https://t.co/lBQ5ODzkZx— Peacekeeper (@Peaceke81017283) August 11, 2025
さてこのような構図が出来上がった中で、客観的に問題を議論を進めていくことが、極めて難しくなっているのは現実だろう。この文章を書いている私自身も、この文章が党派を超えて広く受け入れられることは諦めている。
しかしそれにしても、自分自身の頭の整理のためにも、必須と思われる論点の整理だけは行っておきたい。
この問題の位相は、大きく三つある。この三つの位相を混同することは、錯綜した議論を招くだけだ。党派的な議論を吹っ掛ける者は、その党派的な意図から、意識的に三つの位相の混同を仕掛けてくる。冷静に事態を把握するためには、その混乱助長の試みから距離をとる姿勢を維持しておくことだ。
第一の位相は、外国勢力の選挙干渉だ。これは最も問題の度合いが深刻だと考えられている。本来は選挙とはその国の国民がその国の代表者を決めるプロセスなので、外国勢力が干渉してはいけない、という「治者と被治者の同一性」の民主主義の原理に関わる事項が守られなければならない、と考えられる。
ただし現在、これについて、日本でロシアの選挙干渉があったことを根拠を持って示してる者はいない。しかし、ひとたび認定されれば最も深刻度の高い問題に発展することがわかっているので、印象操作によって利益を得る勢力が、必死に印象操作を進めようとしている状況だ。
深刻度が高いがゆえに、疑惑のある領域に調査をすることは認められるべきだろう。しかし印象操作を通じて、言論・思想の自由が恣意的に規制されることは、違憲の恐れすらある別の深刻な事態だ。慎重に見守らなければならないことは、言うまでもない。
第二の位相は、ロシアに対する立ち位置だ。ロシアの国際法違反に抗議したり、日本政府がその違反行為に厳しい対応をとったりすることを主張する立場は、当然認められるべきだ。それができなければ、外交政策を議論することができなくなる。他方、現在の日本政府であっても、歴史上類例のない包括的な対ロシア制裁体制に参加しているとはいえ、ロシアとの接触を全面的に断っているわけではない。
ロシア政府と関係を持っている組織は全て日本から追い出し、スプートニクの活動も禁止すべきだという意見もありうると思われるが、それは別途そのような意見として提示するのでなければ、混乱が広がる。証明されていない第一の位相の疑惑を演出して、第二の位相であるロシア政府関連組織を日本国内から追い出そうとする流れは、議論の在り方としては錯綜している。
第三の位相は、ロシア政府が表明している思想に共鳴している日本人についても、取り締まりの対象にするべきかどうかという論点である。これについては思想共鳴の度合いに応じて、深刻度も変わるだろう。
基本は、ロシア政府との親近性ではなく、むしろ法律違反行為に対する立ち位置を問題にするべきである。国際法違反をしてもいいのだというような言説は、やはり不穏な言説として注意喚起をするべき点があるだろう。
しかしいわゆる「反グローバル」的な立ち位置をとるがゆえにロシアの思想と共鳴しているように見える組織や、「ウクライナ支援を能登支援に振り替えるべきだ」という意見を持っている個人までを、親露的であるという理由で、取り締まり対象にできるかは、もちろん大いに疑問がある。
取り締まりたいのに取り締まれない場合に、第一の位相の疑惑の印象操作をもって、実態としての取り締まりにつなげていこうとする態度は、当然、邪道である。
古典的名著『自由論』を著した哲学者ジョン・S・ミルは、「その意見がいかに真理であろうとも、もしもそれが充分に、また頻繁に、且つ大胆不敵に論議されないならば、それは生きている真理としてではなく、死せる独断として抱懐されるであろう」と述べている。(岩波文庫『自由論』73頁)
学者層までが、真理の探究ではなく、敵対勢力の撃退あるいは取り締まりを目指した運動に熱を上げている状況は、自由主義社会の危機を示している。
これは冷戦終焉後の「自由民主主義の勝利」のイデオロギーに酔った「自由主義陣営」の欧米諸国の人々が、自由民主主義の原則を守っているというイデオロギーに溺れて、実態は気に入らない相手を駆逐して欧米諸国の覇権を守っているだけにしか見えない都合のよい二重基準の偽善的態度に陥り、現在の危機的現状を招いてしまっている国際情勢の反映でもあるだろう。
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