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- 上半期の中国経済には満額回答の財政出動の恩恵
- 当局の関心は経済下支えから過剰生産力引締めへ
- 不動産市場は続落、回復の雰囲気がない
- 雇用環境は社会保険料取り立てで更に悪化へ
- 家電等の買い替えは反動期へ、総じてデフレ加速
- 関税経済が始まれば更にデフレ加速
- 上海、香港株の高騰は正当化できない
中国経済の定点観測。5月時点の記事では中国当局の財政拡張が満額回答であったことを取り上げた。その上でこれはあくまでも関税経済対策であり、関税のヘッドラインがいつ降ってくるか分からないとしていた。
しかし8月の「第三解放の日」以降の関税経済を多くの市場関係者が覚悟していたところ、トランプ政権は早々と中国向け関税の再引き上げを再延期しており(TACO)、4月以降、財政拡張のみが効き続けるエアポケットが出来たのである。中国・香港株は爆騰した。
上半期は財政拡張の恩恵
満額回答の財政出動に応える形で、中国の第2四半期GDPも前年比5.2%と堅調な結果となっている。これは予想可能であり何ら不思議がない。ただデフレ中なので、名目GDPは実質GDPよりも少し下で低迷しており、GDPデフレーターはマイナスが続く。
以前から述べてきたように、中国のGDPは実質GDPの変動幅が異様に狭い代わりにデフレーターの変動幅が大きく、我々が中国経済を語る時の体感はデフレーターの方である。少なくとも実質よりも名目GDPの方が大事である。ここまでGDPデフレーターのマイナスが続いたのは1998年のアジア金融危機以来となる。
ただとにかく、5%という今年の成長目標は余裕で達成できそうな勢いである。総じて中国経済のボトムは昨年秋に財政出動話が出る直前であったと思われる。
当局は上半期の進捗に満足した。7/30に開かれた中国共産党中央政治局会議では早速金融緩和へのトーンが後退し、代わりにデフレ対策が強調された。目立つのは「反内巻」という文字であり、内巻(involution)とは意味のない過剰競争を指す。ピンとくる日本語訳が見当たらないが、最も語感が近いのは「脱デフレ」だろう。
常識的に「脱デフレ」は金融緩和や財政拡張によって需要を創り出すことで成し遂げられるものであるが、本ブログが何年にもわたって強調してきたように、習近平政権は2008年に胡錦涛政権が打ち出した大規模な財政刺激策を批判的に見ており、従って中国において「脱デフレ」とは、2015年に劉鶴が主導したサプライサイド経済学に代表されるように、あくまでも供給サイドの生産能力削減である。
前回は重厚長大系の国有企業の過剰生産力が問題になったが、今回は太陽光パネルや自動車(EV)など、習近平政権が補助金で育ててきたた民間企業が「デフレ」の元凶になっている(当たり前である)。
実質GDPに問題がない以上、少し使い潰してでも生産能力の引締めに着手するという発想に落ち着く可能性が高い。今年後半にかけて、実質GDPを下支えするような大規模な経済刺激策は打ち出されない可能性が高い。代わりに引締め色が強まるだろう。過剰生産力の削減が進めばマージンが改善するとも言われるが、それはあくまでも生き残れたメーカーの話である。
当局の安心と共に失速する経済指標
皮肉なことに、中国当局が心の余裕を持ち始めた途端に経済指標は滑り始めた。財政拡張の一環である家電買い替え支援が息切れした途端に小売売上高は滑り始めた。
鉱工業生産はそこまででもないが、固定資産投資も不動産を中心に再び低下し始めた。家電、スマホ、自動車を中心に打ち出されてきた買い替え補助金が止まると途端に、それまで刺激された耐久消費財買い替えの反動に入るだろう。
改善が見られない不動産価格
なぜ今失速かというと、一時的に消費支援策が入った以外、構造的には何も変わっていなかったからである。最大の懸案である不動産価格の下落は止まっていない。金融市場参加者が好きな70都市不動産価格は、一度反発してから失速するチャートとなっている。
オルタナティブデータでは反発すら小さすぎて見えない。新築販売は自由に値引きできないので、中古住宅価格の方が実態に即している。
不動産在庫は2024年の最悪期よりは減ったものの依然歴史的な高水準である。
消費者の中長期ローン(要するに住宅ローン)残高変化は2024年後半に一旦増加に転じたがピークアウトしている。
悪い雇用環境に首を突っ込む当局
雇用環境が悪くてそれどころではないからである。中国の公式失業率が当てにならないことは常識であるが、なぜか失業保険支出は公表されているようで、そちらはゼロコロナ期以来の高さが続く。賃金も以前の伸びを取り戻せる雰囲気がない。
というわけで結局は労働者の収入を上げる施策が必要となってくるが、ここに来て当局がまた迷走を見せており、8月に入って最高裁判所が社会保険料に切り込んでいる。
これまで零細企業を中心に雇用主支払い分の社会保険料を放棄する代わりに給料を上げてもらう「社会保険の任意放棄」が横行していたが、最高裁は9/1以降それらの雇用契約や合意は無効と宣言したのである。
背景に急速な高齢化と積立て不足で社会保険制度維持が危ぶまれていることがあるとはいえ、当局の出発点は基本的に「労働者の総合的な待遇の向上」という善意であったと思われるが、ここで社会保険料の取り立てを強化するのは雇用主に対する増税に等しく、デフレーショナリーであることは論を俟たない。
というわけで2025年後半の中国経済は前半のホットさと打って変わってデフレーショナリーに戻る可能性が高いのではないか。
関税経済抜きでもこの議論は可能であり、今こそレアアースを武器にしながらトランプ政権とのディール期待を90日ごとにロールしているものの、関税の議論でも見てきたように、本ブログは中国の対米輸出は年単位で40%以上の関税率に落ち着くと見ている。関税経済はデフレを更に悪化させるだろう。
暴騰した上海、香港株
このような経済環境下で株式バブルで遊ぶのは非合理的であり、現在の株式指数の水準(上海3,700台、香港25,000台)は経済環境からは全く正当化できないと考える。
家計は貯蓄を増やしており、それが株式購入余力に繋がっているとの観測もあるが、賃金が伸び悩んでも不動産を買うのをやめれば貯蓄が増えるのは当たり前である。ただでさえ経済環境が悪い中で、2015年のようにまた株式投資ブームからのバーストで家計が資産をすり減らした場合、冬はより厳しいものとなるだろう。
編集部より:この記事は、個人投資家Shen氏のブログ「炭鉱のカナリア、炭鉱の龍」2025年8月19日の記事を転載させていただきました。