米アラスカ州で15日開催されたトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の米露首脳会談後、欧米メディアの関心はウクライナのゼレンスキー大統領とプーチン氏の首脳会談の行方と、包括的和平条約後のウクライナの「安全の保証」問題に移ってきた。ただ、ここにきて「ウクライナ問題で一定の進展があった」とトランプ大統領は強調したが、その「進展」が揺れ出し、不透明になってきているのだ。
トランプ米大統領とホワイトハウスで会見するゼレンスキー大統領 ウクライナ大統領府公式サイトから 2025年8月18日
トランプ氏や欧州首脳たちの和平への努力にもかかわらず、ウクライナでは20日もロシア軍の激しい攻撃が続いている。キーウ・インディペンデント紙によると、ウクライナの首都キーウや西部リヴィウ、南部のオデーサなどでロシア軍の戦闘用ドローンやミサイルが撃ち込まれる爆発音が聞こえたという。ウクライナ政府は21日、ロシアがウクライナに向けて500機以上のドローンと40発のミサイルを発射したと発表した。キーウでは空襲警報が発令され、ドローン攻撃は夜間も続いたという。すなわち、ウクライナではアラスカの米露首脳会談前と「その後」に大きな変化は見られないのだ。一人のウクライナ兵士が「停戦交渉が囁かれると、決まってロシア軍の攻撃が激しくなる」と証言していたほどだ。
プーチン大統領とゼレンスキー大統領の首脳会談の開催地問題に頭を悩ますのも悪くないが、肝心のプーチン・ゼレンスキー首脳会談が近日中に実現されるかが分からなくなってきたのだ。
トランプ氏は「2週間以内にプーチン氏とゼレンスキー氏の首脳会談が開催される」と発表したが、ロシアのラブロフ外相は20日、国営テレビで、「原則としてあらゆる形式の会談にオープンだが、国家元首間のあらゆる接触は、最大限の注意を払って準備されなければならない」と付け加えた。「首脳会談の開催は、両国間での交渉が進展し、合意が間違いないとなった段階で行われるものだが、ロシアとウクライナ間の協議はそこまで前進していない」と示唆しているのだ。
ゼレンスキー大統領は、ウクライナ侵略戦争を終結させるため、プーチン大統領との会談を求めてきたが、プーチン大統領自身はゼレンスキー大統領の正当性に疑問を呈してきた。曰く「ゼレンスキー氏の大統領任期は2024年で終わっている。適切な基盤が築かれた場合にのみ会談が可能だ」と繰り返し述べてきた。
米露首脳会談ではウクライナの停戦問題を話し合う予定だったが、プーチン氏は「停戦」ではなく、「包括的和平条約」の締結を提案したことで、ロシア軍のウクライナ攻撃はその和平条約が実現するまで継続されることになった。戦闘を継続しながら、和平交渉を始めるということは通常のプロセスとはいえない。トランプ氏はアラスカでその点をプーチン氏に指摘し、「まず停戦を」と主張した形跡は見当たらないのだ。会談後の記者会見でプーチン氏が最初に語り出すなど、ディールのプロを豪語してきたトランプ氏は最初から最後までプーチン氏のテンポに追従せざるを得なかった感がある。
アラスカの米露首脳会談で唯一、新しい進展は「ウクライナの安全の保証」が議題となったことだろう。その貴重な成果も時間の経過と共に変質してきている。トランプ氏は「NATO第5条に近い安全保障」を匂わせてきたが、ロシアがNATO軍のウクライナ駐留を認めるはずがないから、その発言は早速修正された。
トランプ氏は「米国はウクライナの安全の保証に関与するが、米軍の地上軍をウクライナには派遣しない。ウクライナ軍が必要な軍事情報などの提供などを支援する」と説明している。ちなみに、NATO軍事委員会は20日、加盟32カ国の制服組トップによるオンライン会合を開き、ウクライナでの戦闘終結後の「安全の保証」の在り方などを協議し、加盟国間の役割分担などについて意見を交換している。
ウクライナの「安全の保証」を受け、ドイツではウクライナへの独軍派遣問題が早速協議されてきたが、同国では左翼党、極右党「ドイツのための選択肢」(AfD)の両野党が反対を表明する一方、メルツ連立政権の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)や社会民主党(SPD)内からも反対の声が出るなど、独軍が実際、ウクライナに派遣できるか否かも甚だ疑わしくなってきた。
ゼレンスキー大統領は「安全保障の保証は1週間から10日以内に正式化される」と述べていたが、その実現性が揺れてきた。ラブロフ外相は「ロシアの関与なしにウクライナの安全保障について合意することを拒否する」と釘を刺している、といった具合だ。
アラスカの米露首脳会談ではプーチン氏が会談を終始リードし、トランプ氏は対ロ制裁問題など欧米側のカードをちらつけることすらしなかった。ロシアを説得する唯一のカードは「力」だ。その力というべき欧米の対ロ制裁の強化をプーチン氏に示し、即停戦に応じなければ、制裁を強化すると警告すべきだった。しかし、トランプ氏は米露首脳会談の開催を成功させるために、プーチン氏の言いなりになってしまった。その結果、「その後」は必然的に会談の合意内容が変貌してきたわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。