トランプ大統領は「天国」に行けるか?

バチカンのシスティーナ礼拝堂には有名なミケランジェロの巨大なフレスコ画「最後の審判」が正面の壁を埋め尽くしているが、バチカン美術館の工房の新館長、パオロ・ヴィオリーニ氏がバチカンニュースに対して、「来年初めから修復作業を開始する」と語った。同氏によると、フレスコ画の修復作業は1月に開始され、来年のイースター(復活祭)までに完成する予定という。その間もシスティーナ礼拝堂は一般公開されるが、12人の修復師が、来館者から見えない足場の裏で必要な作業を行うという。バチカンニュースが今月16日報じた。

ミケランジェロの傑作「最後の審判」バチカンニュース、2025年8月16日から

「最後の審判」は1990年代に蒸留水と炭酸アンモニウムを用いて丁寧に洗浄された。この洗浄によって元の色がよみがえり、それまでの落ち着いた色調が鮮やかな色彩に取って代わられたことで、大きな反響と議論を巻き起こした。

ヴィオリーニ氏は、美術館への来館者の殺到が500年の歴史を持つフレスコ画にダメージを与えているため、修復が必要だったと説明した。そのため、年間のメンテナンスだけでは不十分となったというわけだ。

ちなみに、ミケランジェロは、1536年から1541年にかけて、ファルネーゼ家の教皇パウルス3世の依頼で「最後の審判」を描いた。『最後の審判』には400名以上の人物が描かれている。中央には再臨したイエス・キリストが死者に裁きを下しており、左側には天国へと昇天していく人々が、右側には地獄へと堕ちていく人々が描写されている。

ところで、時事通信に興味深い記事が報じられていた。

「『週7000人の殺りくを止め、できれば天国に行きたい』。ロシアとウクライナの仲介に取り組むトランプ米大統領が19日、FOXテレビのインタビューでそう語る場面があった。『現状では難しそうだ。私は(天国行きの)最下層にいるらしい』と自虐的に冗談を飛ばした。今年79歳を迎えたトランプ氏。昨年7月の暗殺未遂事件後、『神の祝福により命が救われた』と語ったことはあるが、信仰や死後の概念について話すのは珍しい」

この記事を読んで、「ああ、トランプ氏も天国に行きたいのだな」と共感を覚えた。プロテスタント派福音教会信者のトランプ氏が熱心な信仰者か否かは不明だが、選挙戦中もその後も「神」という言葉が飛び出す回数は通常の米大統領よりも多い。自身の名前を入れた「聖書」を出版販売するなど、天国へ行くための準備には怠りがないようだ。

敬虔なキリスト者は「最後の審判」で合格して、天国に行くことを願う。ひょっとしたら、米大統領というこの世では最高の立場にいるトランプ氏も、死後の「最後の審判」がやはり気になりだしたのかもしれない。

興味深い点は、トランプ氏は多くの善行(この場合、紛争問題の解決)を重ねれば、天国に行けると確信していることだ。ある意味で、信仰者の発想というより、ビジネスマン的な発想だ。これだけしたのだから、これだけはもらえる、といった計算が働いている。親鸞の『歎異抄』には「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という有名な言葉があるが、トランプ氏が親鸞のこの言葉を聞いたら、どのように反応するだろうか。天国行きの善行を止めるだろうか。

キリスト教では「天国」は神の国だ。そこでは悲しみも苦しみも涙も死もなく、神との完全な交わりが永遠に続く、愛に満ちた場所だ。キリスト教を信じていない人も誰でも死んだ後、行きたい場所だ。仏教では極楽浄土だ。ただし、仏教の場合、輪廻転生を超越してからでなくては極楽浄土には入れないから、ハードルは少し複雑だ。

話をトランプ氏の「天国行き」に戻す。トランプ氏が天国に行きたいことは理解できたが、天国行きのチケットを誰から手に入れるのか。ウクライナのゼレンスキー大統領を説得し、ロシアのプーチン大統領が和平条約を調印すれば、ノーベル平和賞はかなり近づくが、同時に天国行きはそれで決定かというと、そうとは言えない。「天国行き」は「ノーベル平和賞」よりハードルが高いというより、全く異なった基準が適応されるからだ。トランプ氏の得意のディールも通用しない。

ちなみに、ミケランジェロは、「最後の審判」の中で、再臨するキリストの隣に描かれた聖ペテロには、フレスコ画の依頼主、聖パウルス3世の顔立ちを描いている。トランプ氏は聖パウルス3世(在位1534~49年)の代わりに、再臨のイエスの隣にいる自分を夢見ているのかもしれない。そういえば、トランプ氏は5月初め、AI(人工知能)の助けを受けて、自身がローマ教皇に扮した画像を投稿し、多くのキリスト者から「冒涜だ」と批判されたばかりだ。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。