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80年前のその日の正午、ラジオから流れる昭和天皇の「玉音放送」によって日本国民が敗戦を知った8月15日の午後、報道各紙は一斉に、萩生田光一自民党衆議院議員の政策秘書牛久保氏敏文氏が「略式起訴」されたことを報じた。その見出しは以下のようである。
- 『読売』:自民・萩生田光一氏の政策秘書、政治資金規正法違反で略式起訴…検察審査会の「起訴相当」踏まえ
- 『朝日』:自民・萩生田光一衆院議員の政策秘書を略式起訴 罰金30万円を命令
- 『毎日』:萩生田氏の政策秘書を略式起訴 「起訴相当」議決受け一転 裏金事件
- 『産経』:萩生田光一氏秘書を略式起訴 自民不記載事件、検審の議決受け 政治資金規正法違反罪
見出しには一様に「略式起訴」とあり、また記事本文にも「不起訴」と「起訴猶予」の語が上記全紙に使われているほか、「起訴相当」が毎日、「略式命令」が毎日・朝日、「不起訴処分」が毎日・産経、「不起訴(容疑不十分)」が毎日、「不起訴(起訴猶予)」が読売といった具合に、関連する語が踊る。
なぜ筆者がこれらの語に拘るのかといえば、この牛久保氏はこれまで2度「起訴猶予」になっていたにもかかわらず、『産経』が15日20:48の別記事で以下のように報じていたからだ(以下、太字はいずれも筆者)。
一連の事件で立件されるのは12人目。特捜部が不起訴とした後、検察審査会に審査が申し立てられた議員や秘書の中で刑事処分が覆るのは初めて。
筆者は、これを読んで「待てよ」と思い、各紙の書き振りを拾ってみたのである。因みに「立件」とは「刑事事件において、検察官が公訴を提起するに足る要件が具備していると判断して、事案に対応する措置をとること」との意味。それは措いて、この引用部からは牛久保秘書をもともと「特捜部が不起訴とした」と読める。事実、産経は冒頭に掲げた記事でこう書いている。
牛久保氏は自民党最大派閥だった旧安倍派(清和政策研究会)を巡る不記載事件で告発された。特捜部の不起訴処分に対し検審※)が昨年10月、「不起訴不当」を議決したが、再度不起訴に。この間、別の告発があり、検察の改めての不起訴に対して検審が今年6月、「違法性を十分認識」していたなどとして「起訴相当」としていた。※)検察審議会
が、ここで使われている4つの「不起訴」の意味がすべて同じかといえば、そうではない。最初の「不起訴処分」は「起訴しないとの処分」のことであり、次の「不起訴不当」と「再度不起訴」と「不起訴」は「起訴猶予」のことだ。そして「不起訴」と「起訴猶予」とでは、それこそ「月と鼈ほどの違い」がある。
ある法律事務所のサイトは要旨以下のように解説している。
起訴猶予は、容疑者が罪を犯したことは明らかだが、起訴して裁判を受けさせるまでの必要はないと検察官が判断した場合に、不起訴処分とすることをいう。起訴猶予の他に「嫌疑なし」や「嫌疑不十分」などとして不起訴となることもあり、これらは、罪を犯した疑いがない(犯罪を証明できない)から不起訴となるもので、罪を犯したことが明らかだけれども不起訴となる「起訴猶予」とは異なる。
「不記載問題」の焦点は、左派メディアや左派野党がレッテル貼りする「裏金議員」らが「罪を犯したのか否か」にあるのだから、「罪を犯したが起訴を猶予された者(起訴猶予)」と「罪を犯した疑いがない(犯罪を証明できない)から不起訴になった者」との間には「月と鼈ほどの違い」が存在するのである。
換言すれば、「不記載」は政治資金規正法違反だが、それは道路交通法違反の「駐車違反」と同様、「保護法益の侵害・危殆化といった実質を問わず、行為規制への形式的な違反をもって構成要件に該当する犯罪類型である」ところの「形式犯」であるので、報告書の修正は要するものの起訴して裁判を受けさせるまでの必要がない、即ち「起訴猶予」に相当するという訳である。
ではなぜ、これまで2度「起訴猶予」になっていた牛久保秘書が、今般「略式起訴」されたかといえば、それは冒頭に掲げた『朝日』の見出しにある「国民の声」なのだそうだ。『朝日』はこう書いている。
不起訴の判断を一転させた検察が重視したのは、「国民の声」だった。ただ、公開の裁判を求める正式起訴ではないため、詳しい経緯や動機は法廷で明らかにならない。萩生田氏も説明責任を果たす姿勢は見られない。
ここで太字にした「不起訴の判断」は「犯罪を証明できないとの判断を一転させた」との意味に取れるが、牛久保氏は不記載を認めていたが、その金額が3000万円の基準以下だったから「起訴猶予」になったのだから、「起訴猶予の判断」と書くべきであろう。いずれにせよ、「国民の声」で「基準が動き」起訴されるのは異様だ。が、そもそもが「形式犯」、金額の多寡や常習の度合いも基準になり得るか。
それに続く「萩生田氏も説明責任を果たす姿勢は見られない」とは『朝日』らしい蛇足だ。管見の限りだが、萩生田氏は会見やネット番組で不記載を知らなかったことや還流金の処置などを詳細に説明しており、『朝日』も同記事で「萩生田氏をはじめ基準を下回った議員らは、いずれも不起訴とした」と書く。つまり、特捜は萩生田氏が「罪を犯した疑いがない」と判断し、「不起訴」にしたのである。
だが、今般の牛久保秘書の件で基準が約1900万円に下がった以上、約2700万円の萩生田氏、約2400万円の山谷えり子氏、約2000万円の橋本聖子氏、約1900万円の武田良太氏らが、今後「国民の声」に押し切られた特捜によって、一転「略式起訴」される可能性がないとは言い切れない。不記載問題の終息には「特捜の捜査結果を尊重せよ」との「国民の声」が必要になるということだ。
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そもそもその東京地検特捜部(特捜)は、安倍派パーティー券のノルマ分を上回る収入について、23年12月の事件発覚初期から、① 還流金額、② ①の使途、③ 政治資金収支報告書不記載への議員の関与、の3点に重点を置いて捜査を進めていたことが報じられていた。
中でも重要なのは②と③であろう。なぜなら、還流金額の多寡に関わらず、収支報告書に適切に記載されてさえいれば、政治資金規正法に違反することはないからである。
そこで筆者が不可解なのは、安倍派の会長になって間もない22年5月の安倍派パーティーの直前に安倍氏が、「現金で戻すという不透明なことはやめよう」と述べたとされる件だ。7月の暗殺後に「還流廃止は宙に浮いてしまい」(24年1月21日『読売』)、安倍発言を誰が反故にしたかが世間を賑わせた。
その後の各紙の報道を読んでも、安倍氏は「現金での還流をやめよう」とだけ述べたのであって、「不記載をやめよう」とか「適切に記載しよう」といったのではないらしい。報告書に記載さえすれば還流そのものは適法なのに、なぜ安倍氏は「不記載はやめよう」ではなく「還流はやめよう」といったのだろうか。筆者はこのことを、安倍氏自身も「不記載」を知らなかったことの証左だと考えている。
さて、改めてこれまで起訴された者を挙げれば以下の9名で、牛久保秘書までは、公選法違反の絡んだ堀井氏を除いて、全員が不記載額3000万円で線が引かれていた(25年8月15日の『毎日記事』)。
- 旧安倍派元会計責任者 (約13.5億円) 在宅起訴―有罪確定
- 旧二階派元会計責任者 (約3.8億円) 在宅起訴―有罪確定
- 大野泰正元参議院議員 (約5100万円) 在宅起訴―初公判期日未定
- 池田佳隆元衆議院議員 (約4800万円) 逮捕・起訴―初公判期日未定
- 谷川弥一元衆議院議員 (約4300万円) 略式起訴―罰金100万円
- 二階元博氏の元秘書 (約3500万円) 略式起訴―罰金100万円
- 旧岸田派元会計責任者 (約3000万円) 略式起訴―罰金100万円
- 萩生田光一氏元政策秘書(約1900万円) 略式起訴―罰金30万円
- 堀井学元衆議院議員 (約1700万円) 公選法違反と併せ略式起訴―罰金百万円
注)()は不記載金額
次に「在宅起訴」「略式起訴」「逮捕・起訴」の違いは以下のようである。
- 「在宅起訴」:身柄の拘束をされずに、自宅で普段通りの生活を送りながら刑事事件の捜査が進んだ後、検察官によって起訴されること
- 「略式起訴」:検察官が裁判所に対し、正式な裁判手続によることなく、書面での審理のみを以て100万円以下の罰金刑もしくは科料の刑罰を言い渡す裁判手続を求めること
- 「逮捕・起訴」:逮捕されると、通常は警察署内にある留置場(または拘置所)から出ることを禁止され、最長72時間(検察官の請求を裁判所が許可すると最長20日間)は外部との連絡も自由にできない。さらに起訴されると、釈放または保釈が認められない限り、裁判終了まで出られない
そこで議員の「在宅起訴⇒公判」・「逮捕・起訴⇒公判」と「略式起訴」の違いを勝手に想像すれば、公判に進む「在宅起訴」と「逮捕起訴」の議員には、「②使途」に政治資金以外への流用の証拠がある一方、「略式起訴」の議員では、私的流用の証拠はないが不記載金額が大きい、ということではなかろうか。
総勢85人ほどとされる不記載議員のうち、前述した大野・谷川・池田・堀井の4名を除く80余名が特捜によって「不起訴」とされたことは重要である。なぜならそれは、前述した①還流金額、② ①の使途、③ 政治資金収支報告書不記載への議員の関与、の3点について特捜が「犯罪を証明できなかった」のだから。
つまり筆者は、安倍氏の「現金での還流をやめよう」発言のところで述べたように、80余名について特捜は、③に係る「収支報告書不記載に議員が関与していた」ことを証明できず(=不記載を知らなかった)、また②に関連して「還流金を議員が私的流用していた」ことも証明できなかった、と見る。
ところが安倍派議員の中にも、自ら政倫審で釈明した西田昌司氏の様に、他の不記載議員も政倫審で説明せよと主張する方もいる。「ひめゆりの塔西田発言」で本欄に擁護論を書いた筆者だが、西田氏のこの主張には異論がある。何故なら他の議員も西田議員と同じく特捜が「不起訴」にしているからだ。この事実は政倫審の釈明よりも断然重い。
まして石破執行部に拾われた鈴木宗男氏や、LGBT法の戦犯で不記載議員でもある稲田朋美氏の不記載問題ケジメ論には開いた口が塞がらない。それに引き換え、僅か100万円の還流金を自身のパーティー券収入として誤記載し、後に派閥からの寄附に修正したため非公認で勝ち上がらざるを得なかった西村康稔氏などは、萩生田氏と共になぜ彼らが今政権の中枢にいないのかと筆者を嘆じさせる。
自民党は今般の牛久保秘書の件を奇貨とし、一刻も早く新しい総裁を選出して、不記載問題が24年春の東京地検特捜部の捜査終結を以て決着していることを、胸は張る必要はないが、率直かつ明朗に語って国民に理解を求め、新総裁下で解散総選挙を打つべきだ。
保守政党を以て任じる国民民主党・参政党・日本保守党が石破政権発足以降の2度の国政選挙で大躍進したことは我が国にとり好ましい。が、政策立案力は未だしも、人材、組織、議員教育、支援層の厚み等々、まだまだ自民党に代わって日本の舵取りをする力量はない。保守自民党よ、しっかりせよ。