ロシア軍の激しい攻撃を受け、ウクライナのゼレンスキー大統領は「戦争は防御だけでは勝利しない。攻撃すべきだ」と、戦略の変更を強調した。その直後、ウクライナ軍の無人機がロシアのドルジバ・パイプラインを攻撃し、ハンガリーとスロバキアへの原油輸送が停止に追い込まれたことが明らかになった。
ハンガリーのオルバン首相、キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会見(2024年7月2日、ウクライナ大統領府公式サイトから)
ロシアとハンガリー両国の友情を意味するドルジバ・パイプラインはベラルーシとウクライナを経由してハンガリーとスロバキアに石油を輸送している。そのパイプラインが破壊されたわけだ。
ハンガリー側の激怒は想像できる。オルバン首相はゼレンスキー大統領に抗議の書簡を送るのではなく、日頃から交流のあるトランプ米大統領に書簡を送り、「ウクライナはアラスカで行われたトランプ大統領とプーチン大統領の歴史的な会談の直前にロシアのドルジバ・パイプラインへのドローン攻撃を行った。ハンガリーはウクライナに電力と石油で支援しているのに、その見返りに我々に供給するパイプラインを爆撃したのだ。非常に非友好的な行為だ」と説明。その書簡を読んだトランプ氏は「私も非常に憤慨している。ヴィクトル(オルバン首相)、あなたの言いたいことは良くわかる。あなたは私の良き友人だ」と答えている。トランプ氏の返信内容は、オルバン首相率いる与党フィデス党の党オンラインで公開された。
ハンガリーは他の欧州連合(EU)加盟国とは異なり、2022年2月のロシア軍のウクライナへの大規模攻撃以来もロシアとの緊密な政治的・経済的関係を維持してきた。そしてロシアのエネルギーに依存してきた。要するに、ハンガリーは安価のロシア産ガスの輸入を維持するうえで、ロシアを敵にすることはできない。ハンガリーは2022年4月7日、首都ブダペスト南方にあるパクシュ(Paks)原発への核燃料をロシアから空輸している。同原発はハンガリーの国内電力の半分を供給する。ハンガリーは石油、天然ガスばかりか、原発とその核燃料もロシアに依存しているのだ。
その一方、ハンガリー・ファーストを掲げるオルバン首相はウクライナ避難民の救助など人道的な支援は行うが、それ以外のEUのウクライナへの軍事支援、武器供給を拒否し、EUの対ロシア制裁を拒んできた。同首相は、「EUの対ロシア制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なうだけだ」と繰り返し主張してきた。
オルバン首相は2023年9月25日、ブタペストの国会演説でロシアと戦争中のウクライナを酷評し、「キーウ政府はウクライナ最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族約15万人の母国語の権利を制限している。その権利が回復されるまで、わが国はウクライナを国際政治の舞台では支援しない」と述べたことがある。ハンガリーとウクライナ両国関係はロシア軍のウクライナ侵攻以来、険悪化してきている。
だから、ハンガリーの首都ブタペストがロシアとウクライナ両国首脳会談の開催地に急浮上した時、ゼレンスキー大統領は「ハンガリーはロシア寄りだ」として、ブタペスト開催にいち早く反対を表明している。
一方、トランプ氏はウクライナによるロシア領への攻撃に理解を示してきた。自身のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」で「侵略国を攻撃せずに戦争に勝つことは、不可能ではないにしても非常に難しい」と投稿している。それが、オルバン首相から書簡を受け取ると、パイプラインを攻撃したウクライナ軍を逆に批判している、といった感じだ。
トランプ氏の朝礼暮改的な姿勢を批判する気はないが、同大統領のウクライナ政策には一貫性が欠如している。トランプ氏はオルバン首相やロシアのプーチン氏との人間関係を重視するあまり、米国としての政策がコロコロと変わるのだ。ウクライナ政府内でもアラスカの米ロ首脳会談後、「一定の進展」を歓迎する一方、「トランプ米政権を余り信頼することは危険だ」という声が聞こえる。
米アラスカ州で15日開催されたトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の米露首脳会談後、欧米メディアの関心はウクライナのゼレンスキー大統領とプーチン氏の首脳会談の行方と、包括的和平条約後のウクライナの「安全の保証」問題に移ってきた。ただ、ここにきてトランプ氏の期待に反してロシア側が余り乗り気を見せなくなったのだ。プーチン氏がゼレンスキー大統領との首脳会談に消極的なだけではなく、ウクライナの「安全の保証」問題でも、ロシアのラブロフ外相が「ロシアの関与なしにウクライナの安全保障について合意することを拒否する」と釘を刺す、といった具合だ。
トランプ米大統領は22日、ホワイトハウスで記者団に対し、ウクライナでの和平合意の実現見通しについて、「2週間以内に見極めた上で重要な決断を下す」と述べた。トランプ氏はプーチン氏に対してこれまでの融和的な姿勢から、対ロ制裁の強化など、強硬姿勢に転換させる意向を示唆したものと受け取られている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。