勤労世代は賃上げでカバー
最近の物価高で思うのは、インフレを通じた増税効果(税収増)です。増税を唱えると選挙に負ける。インフレという外部要因による増税効果ならば「仕方がない」と有権者はあきらめるでしょう。
石破首相 首相官邸HPより
政府、日銀が狙っているのは、特に個人金融資産2200兆円の6割を所有する高齢者層に対する実質的な課税強化(税収増)です。「隠れ金融資産課税」といっていいのかもしれません。岸田政権は高齢者層を念頭においた金融所得課税の強化を打ち出し、失敗しました。その身代わりとして政府、日銀が密かに重宝しているのが「インフレ税」ではないかと思うのです。
株式、投資信託、債券などの金融所得に対する課税は源泉分離課税(一律約20%)です。岸田政権はこれを30%程度に引き上げようとしたらしく、関係業界、高齢者層の反対を受け、断念しました。高齢者層の金融資産の保有比率の高さに現役世代は不満を覚えています。岸田政権の狙いは正しかったのに、高齢者層の票を選挙で失うことを恐れ、撤回したのでしょう。
最近の物価高による税の増収は、高齢者層を念頭に置いた金融所得課税と同じような効果を持っています。貯蓄を取り崩して消費に回す。その消費には消費税がかかる。政府、日銀がインフレ対策に本腰を入れないのは、それが一つの理由ではないでしょうか。
総務省が発表した7月の消費者物価指数は前年同月比で3.1%となり、8か月連続で3%台となりました。現役世代は賃上げで名目賃金が相当上がっており、物価高をある程度カバーできています。賃上げがない年金生活の高齢者はやむなく貯蓄を取り崩しています。それこそが政府の狙いだと思うのです。
貯蓄を取り崩して消費に回せば、消費税収も増え、財政赤字対策にもなります。「金融所得課税の強化」だと反発されるのに対し、「物価高→金融資産の取り崩し→消費に回す→消費税収の増加」なら抵抗感が少ない。超富裕層にはどうということない程度のインフレであっても、多くの高齢者層は「貯蓄がどんどん減っていく」と嘆いています。
もっとも、一番困っているのは、賃上げもなく貯蓄も少ない低所得層です。政府はばらまきではく、低所得者に絞った現金給付をすべきです。高貯蓄層も含まれる国民全体を対象にしてはなりません。
高齢者層の金融資産に目をつけているのは、政府ばかりでなく、不動産業界、金融機関、証券会社もそうです。豪華ホテルや高額マンション並みの高級老人ホームの建設ラッシュが続いています。入居一時金が4、5千万円から1億円もする老人ホームがあっというまに売れていきます。7、80歳代の高齢者が自宅を売ったり、金融資産を取り崩して原資にしています。
滞留している高齢者層の資産が市場に流れるのは、景気対策にもなり、歓迎すべきことです。
証券会社の支店を覗いてみますと、かつてのような相場表のボードや店頭のカウンターはなく、建物は多くの個室に区切られ、高齢のお客が多い。1千万円単位で購入する一時払い終身保険の勧誘、手離した住宅の売却代金の運用、相続・生前贈与、老人ホームの月額利用料に充てる保険などの相談に乗っています。
証券会社は高齢者から預かった資金を日本国内ではなく、金利が日本より高い米ドル市場で運用し、高い利回りを得られる商品を開発しています。もっとも米国市場で運用すればするほど円がドルに変わり、円安要因になる。ドルでの運用が増えれば増えるほど、円安が続く。
円安になれば輸入物価が上がり、インフレ要因になりますから、利回りが高い運用ができたとしても、円に換算すると、円の実質的価値(購買力)が下がってしまうこともあります。それでも国内の低金利で円で運用しているよりは、まだ有利ということでしょうか。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。