足並みが乱れるFRBの行方:着々と自陣の仲間を増やすトランプ大統領

7月29-30日に開催されたFOMCの金融政策決定会合で意見が割れたことが話題になりました。実に32年ぶりの分裂劇だったとされます。正直なところ、私は32年も議決権を持つメンバーの意見が割れなかったのか、という驚きがあります。アメリカという様々な背景を持つ国柄で、連銀のメンバーもアメリカ各地の代表であり、地域ごとに経済の色合いは違うはずなのに32年も意見が統一されてきたというのはおかしいと思わない方が変な気がします。

トランプ大統領とパウエルFRB議長

世の中、意見は割れることに意味があります。そして複数の意見の対立の中で最終的な結論に絞り込むというのは何処の世界でも当たり前です。例えば日本やアメリカを含む最高裁の判断はどうでしょうか?アメリカは特に政治色がにじみ出るとされますが、全員一致の判断はそうある訳ではありません。オリンピックのIOCの決議はどうでしょうか?バラバラです。これなどは政治色そのものですからIOCの委員が政治化(あるいは政治家)しているからとも言えましょう。

経済政策については経済原論がありますが、現代社会が複雑になり、因子が増えることで何がどれだけ影響するか把握するのが極めて難しくなってきています。例えば経済循環論は需要と供給が一定のサイクルで変動するという原論の一つでありますが、グローバル化、経済制裁、コロナ、戦争といった因子は原論そのものには含まれていません。当然ながら応用問題として解かなくてはいけないのですが、その過程において人類史上、めったにない経験が次々起こる中でその金融対策や施策について一糸乱れることがない中央銀行はお仲間意識の政策と言われても仕方がないのかもしれません。

その構造破壊をしようとしたのがトランプ大統領です。まず、FRBの次期議長の候補選びという餌をぶら下げます。その餌に食いつく議決権所有メンバーは当然います。またクグラー理事が任期途中で理由不明で辞任し、その空席にトランプ氏の息がかかる人材を入れることができました。更にクック理事の不正疑惑に絡み、トランプ氏が辞任を求めており、その去就に注目が集まります。

つまりトランプ氏は着々と自陣の仲間を増やしつつあるともいえ、パウエル氏が議長を務める来年5月までに勢力地図は着実に分裂していくとみてよさそうです。例えていうならアメリカの連邦最高裁の判事の政治的色彩が強くなっているのと同じとも言えます。

アメリカの金融政策が政治的な意図を含む動きとなればFRBの独立性は裁判所と同様、形骸化するわけですが、一方で議論は白熱するだろうとみています。FRBの政策決定はおびただしい統計の分析をベースとして事実関係の認識を行い、政策決定に論理的裏付けを持たせるという流れかと思います。ただ、考え方として統計数値に一定傾向がみられるならpreventive(予防的)対策を打ち出すべきというアプローチがあります。これは議長の個人的性格によるところも大きく、パウエル氏はあまり取り込まなかったとも言えます。故に統計の遅効性も伴い、判断が遅すぎるとトランプ氏の怒りを買う傾向があるとも言えます。

さてトランプ氏は利下げを強く要求、ベッセント財務長官も1.5-1.75%利下げ余地があると発言し、波紋を呼びました。ベッセント氏の言わんとしている点は、利下げ幅は別として私も同様の主張をしてきたのでよくわかります。一種の国際水準ベースの様なものでしょうか?「国際水準ベース」などという言葉はないと思います。言わんとする意味は、例えばインフレ率が高かった頃、各国は同様に利上げで対処しましたが、その後、日本を除く主要国はインフレの鎮静化と共に利下げを敢行しました。一方、アメリカは途中まで付き合ってそのあと見送り姿勢に変えたのです。様々な理由はあると思いますが、主因はトランプ関税を見越したものだと思います。これが「国際水準から外れた」と主張するのがベッセント氏の論理ではないでしょうか?

仮にそれが正だとすれば統計主義のFRBのポリシーに対して他国とのすり合わせでは意味がないじゃないか、との意見があるでしょう。そうなのです。そこには強いこだわり故にパウエル議長は予防的な利下げをしたくなかったのでしょう。私の見る理由は至極単純で、「金融政策は一定の方向性と安定感を持たせる必要がある。よってある月は利上げ、ある月は利下げという先行きが読みにくい政策はすべきではない」という方針故だとみています。

市場関係者の声を読む限り、関税に伴う価格上昇の可能性は ①在庫があるのでまだ我慢できる ②輸出国が関税分を飲み込んだ といった形で必死の抵抗をしている公算が高いようです。しかしそれらのクスリはもってあと数か月で、そうならば今年のサンクスギビングやクリスマス商戦では高い価格が提示されるのではないか、とされます。つまりインフレです。故に今、利下げしてもインフレとなり、再び利上げする余地を残す、というのがパウエル氏の言い分だと私は考えています。

ただここにも議論はあり、インフレになるのと消費が熱を帯びるのとは別物であり、FRBが本来の意味で対処する利上げとは消費の過熱感を消火するために利上げするのであって今回のように消費者を置いてきぼりにする可能性があるインフレとは意味が違うのではないでしょうか?

私が今日、ツラツラと書いた中でも何をどう見るか、様々な視点があることはご理解いただければと思います。FRBは今後、今までとは違ったレベルの白熱した議論を展開せざるを得ず、パウエル氏は守勢に回る、こう見ています。足並みは当然、乱れがちになるかもしれませんが、それはアメリカ経済の行方が占いにくくなってきたとも言えるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年8月26日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。