トランプは「インフレ増税」で政府債務を踏み倒す(アーカイブ記事)

トランプ大統領の「ビッグ・ビューティフル財政法」は10年間で5兆ドルの財政赤字を出す史上最大のバラマキだが、トランプ関税の影響とあいまってインフレが再燃している。そんな中でトランプはFRBのクック理事を解任した。

彼女は特にタカ派というわけではなく、解任の理由も住宅購入にからんで補助金を二重に受給したという疑惑にすぎない。これは「FRBをおれのコントロールのもとに置く」という宣言だろう。

利下げで「インフレ増税」になる

常識的には、インフレが再燃するおそれがあるとき利下げするとインフレは悪化するが、それがトランプのねらいだろう。史上最大の財政赤字をファイナンスするためには国債を大量に発行する必要がある。インフレで実質金利を下げるつもりではないか。

しかし政策金利を下げても長期金利は下がらない。それを下げるには、FRBが国債を引き受けるマネタイゼーションをする必要がある。これによってインフレが悪化するが、実質債務は減る。

これには前例がある。日銀は2022年12月20日、黒田総裁(当時)が長期金利(10年物国債)の買い入れ上限を0.25%から0.5%に上げると発表した。これは急激な円安で1ドル=150円になったことを受けての発表だったが、債券市場は大混乱になった。

日銀は0.5%の指し値を維持するために国債を大量に買い、2023年3月末までに135兆円の国債を買い取った。日銀が大量の円を供給したため、インフレが激しくなった。予想インフレ率(BEI)は2022年のウクライナ戦争のときを上回り、1.6%を超えた。

実質債務を踏み倒す「インフレ税」

インフレ税には理論的根拠がある。2017年にクリストファー・シムズは安倍首相と面談し、消費税の増税延期でインフレにする政策を提案した。そのときは8%から10%に上げるのを延期してインフレを起こすという発想だった。シムズのFTPLで考えると、物価は

物価水準=名目政府債務/プライマリー黒字の現在価値(*)

で決まる。増発する国債をすべて日銀が引き受けると、政府債務(国債)を日銀当座預金(日銀の債務)に置き換えるだけなので、政府と日銀を合計した統合政府では名目政府債務は変わらない。国債金利は国庫納付金として政府に返すので無視できる。

ここで日銀が「引き受けた国債は償還を求めない」と宣言して国債をマネタイズすると将来の税収は減り、統合政府の資産((*)式の右辺の分母)が小さくなるので、左辺が増えてインフレになり、政府の実質債務は減る。これがシムズのいう実質債務のデフォルトである。

名目債務のデフォルトは財政破綻だが、実質債務の一部デフォルトは今も起こっている。それはインフレによる金融資産の減価なのでほとんどの人は気づかないが、富の分配は平等になる。

トランプなら「4%のインフレ税」は可能だ

いずれにせよトランプ関税と利下げはインフレ政策だが、国民のほとんどはそれを増税とは感じないだろう。それが最大のメリットである。国民が4%のインフレを容認するなら、この政策は持続可能である。

これは安倍政権の試みたリフレより危険な財政インフレという実験である。本当に実行するなら政府と日銀のアコードを改正し、国債発行を管理する必要があるが、最大の問題は政府に4%のインフレを維持する意志があるかということだ。

この点でトランプが「4%のインフレを維持する」といえば、少なくとも彼の任期中はマーケットがそれを信じるだろう。それによって大インフレになり、金融危機でアメリカ国民がトラス・ショックのような地獄を見るリスクも大きいが、貴重な人体実験として参考になる。