談話を表明する頼清徳総統
中華民国総統府HPより
(前回:住民投票で否決も頼清徳総統は原発再稼働に含み(前編))
最悪シナリオ
「報告書」の26のシナリオの「最悪のケース」について、「How Its ‘No Nukes’ Policy Weakens Taiwan(『核なし』政策が台湾をどう弱体化させるか)」と題された8月18日付の『American Thinker』の記事に簡潔な要約があるので、そのポイントを紹介する。執筆者ジョセフ・ソムセルは、MBAを取得した原子力エンジニアである。
封鎖突破を試みる場合、米国は2万人以上の死傷者に加え、2隻の原子力空母、9隻の原子力潜水艦、数百機の軍用機を失う可能性を示している。この数字には中国と米国及びその同盟国との間のより大規模な戦争は考慮されておらず、且つより大規模な戦争への拡大から抜け出す途は台湾の降伏だけである。
台湾にとっての危機は、封鎖開始から8~12週間以内に発電能力が通常の20%にまで落ちること。化石燃料は全て輸入であり、最後の原発も5月に閉鎖されたため、電力供給は再生可能エネルギーと小規模な水力発電に頼るしかない。電力は水道、病院、鉄道などの重要インフラにしか供給できず、産業活動は停止する。
「報告書」のウォーゲームは様々な初期仮定を設定しており、そのうち最も重要なのは、中国と台湾及びその同盟国(米国・日本)との間の封鎖が拡大していく以下の4段階である。第4段階以降の分析はしていないが、そこでは全面戦争となり、米国が中国本土への直接攻撃を開始することになろう。
- 第1段階:中国共産党指導部が封鎖を決定すると、船員への通告がなされ、中国に入港する船舶は停止させられ、必要に応じて武力で拿捕される
- 第2段階:台湾はそうした事態を許容できず、ある時点で中国軍艦を攻撃する
- 第3段階:他国(米国・日本)が自国の軍艦で台湾の領海内の封鎖突破を支援する
- 第4段階:戦闘が公海に拡大し、中国が台湾・米国・日本に対し、地域的な海戦を展開する
高度に工業化され、一人当り電力消費量が米国・韓国と同程度で、日本よりかなり高い台湾にとり電力は最大の弱点だ。石炭と石油は備蓄が可能である。が、主要燃料源であるLNGは極低温の液体であるため、タンク内のLNGの一部は液体を維持するべく消費されるから、在庫ができないのである。
しかもLNGの物流は封鎖に対して最も脆弱である。紅海でのフーシ派によるタンカー攻撃は海事コミュニティを大混乱に陥らせた。LNGタンカーの所有者は、ドローンやロケットランチャーの攻撃を回避すべく、即座に喜望峰周りの航路を切り替えたことがそのことの証左である。
つまり、封鎖が行われればLNGは電力源として急速におそらく数週間で失われ、石炭の集積所や石油貯蔵タンクも遠からず空になる。最悪のシミュレーションでは、封鎖中に新たな供給がなければ、発電機は停止し、経済は崩壊し、住民は文字通り「Lights Out」の状態に陥ることになる。
封鎖が続く中、米国と台湾は日本の港から台湾への封鎖を突破するための護送船団を編成するだろう。だが、中国ミサイルの性能向上により、護送船団の損耗率は漸次50%に近づく。LNGタンカーは購入できるかもしれないが、50%の確率で沈む危険を冒して、船員が船に乗ろうとするだろうか?
その点、原発の核燃料はラックに1年半分の貯蔵が可能であり、補給も大型軍用輸送機1機の1回の飛行で1年半分の燃料を輸送が可能である。残念なのは85年当時、電力の50%以上を原発に拠っていた台湾が、25年5月に最後の原発を停止してしまったことだ。
だのに台湾が米国の軍事支援をあてにするのは皮肉だ。台湾は封鎖の対抗に最も有効な原発を閉鎖するという自滅行動をとる一方で、原子力空母や原潜の米兵が台湾を守ってくれると考えているようだ。米国政府は台湾に対し、米国の軍事的保護の代償として、台湾は原発の再開と拡張を迫るべきである。
まとめ
原子力エンジニアの執筆者らしい記事の結びではある。が、まさに的を射た主張と思われ、それはそのまま「核の傘」でも米国頼みの我が国にも当て嵌まる。日本の幾つかの原発も、いつまでも再稼働できずにいる。そしてこうしている間にも森林や原野が風力発電や中国製太陽光パネルで埋め尽くされ、自然が破壊されつつある。
人口の減少を、世界中で問題が表面化している外国人に頼るのではなく、AIの活用で補うべきであるとすれば、この先も電力消費量は確実に増大する。その電力を、縷説した通り有事に脆弱なLNGや、ましてや自然を緩慢に破壊し、中国を利するだけの再エネに頼るなど、以ての外である。
東日本大震災ですら、福島や女川の原発の主要部分はほぼ無傷だった。福島第一の事故原因は専ら津波による地下電源の喪失だったが、事故を奇貨として、今や安全対策が全て施されており、残るはその後に生じたテロ対策だけだ。が、それらは運転を再開して、発電しながら漸次進めれば良い類の事項が多い。
「報告書」も、中国による台湾の原発への攻撃に詳しくは触れていない。その理由は、ジュネーブ条約第一追加議定書第56条で、ダム、堤防、原発などの「危険な力を内蔵する工作物及び施設」を攻撃してはならないと規定しているからだ。国際社会は原発への攻撃を、核兵器の使用と同義と見做しているのである。
ところで、台湾の電力を司る「台湾電力公司」の曾文生会長は、筆者が高雄に在勤していた11年末から14年3月末当時、陳菊高雄市長の経済発展局長だった。外国企業対応は同局の主要業務だったから、曾局長は高雄日本人会会長だった筆者を「日本人慰霊塔」を残す活動の一環で、陳菊市長に引き合わせるなど、多大なご支援を頂いた。
その曾局長に筆者はある会食の席で、「台湾はなぜ脱原発なのか」と単刀直入に問うたことがある。曾局長は「台湾も地震国です。東日本のようなことがあれば小さな台湾は滅亡してしまう」と仰った。まだ「東日本」から1年余りしか経っていない時のことで、確かに台湾でも地震は頻発している。
日本は、先の大戦に敗れて台湾を放棄し、600百万の台湾人(今の本省人)を「GHQ一般命令第一号」の解釈を捻じ曲げた蒋介石国民党の恣にさせた。東日本大震災でも初動を誤って水素爆発を誘発させ、台湾を脱原発に追い込んだ。筆者は日本人として台湾と台湾人に対し、これらの責任を痛感する。
そして23日に行われた住民投票で頼清徳総統は、74%を超える賛成票が投じられた「投票結果を尊重し、社会が多様なエネルギーの選択を望んでいることを理解している」と述べた。来るべき中国による封鎖に備えて、台湾は一刻も早く原発の再稼働に踏み切るべきである。
26日午後に本稿を書き上げてメールをチェックすると、「住民投票が否決されたにもかかわらず、台湾電力は第1~3原発の再稼働条件を検討している」との『台湾聯合報』のニースレターが7時56分に配信されていた。
記事に拠れば、台湾電力の曾文生会長が昨日25日、第3原発再稼働の住民投票は基準を満たさなかったものの、台湾電力は第1原発、第2原発、第3原発の現状を同時に調査し、再稼働の条件が整っているかどうかを明確にすると述べた。これは頼清徳総統の23日夜の談話を受けたものであり、再稼働への第一歩が踏み出されたと考えて良かろう。