日米関税交渉の一環として「戦略的投資に関する覚書」がまとまり、日本は米国に80兆円の投資をするよう約束させられました。しかも、投資先は米国が随時提示するといい、国際経済史上、前例のない不平等条約です。
日本のメディア、野党は、「合意文書があるのかないのか」とかの細部の問題に多大な関心を寄せ、報道してきました。肝心な問題は、この合意を「実施すれば、日本産業経済の空洞化が進み、野球でいう「米国は大谷選手が活躍するメジャーリーグ、日本はマイナーリーグ(二軍)化するのではないか」という点にあると、私は思います。
この「80兆円投資」で、日本経済、産業は歴史的な転換点に立つことになったともいえます。国内政界、政治ジャーナリズムは「誰が次期総裁になるか」、「誰なら選挙に勝てるか」、「野党連携をどう広げるか」で連日の大報道です。日本はそれどころではない岐路に差し掛かっています。
赤沢大臣SNS
大局的な議論を望む
日本政界は与党の弱体化、野党の多党化、ネットに攪乱される情報化時代に入り、戦後80年で最大の転換点に立っています。経済も「同盟関係を超えて米国に服従、属国化しかねないという戦後最大の転換点にきています。政治のリーダーは大局観を持って日本の方向性を議論すべきです。
米国は中国に追い上げられている焦りから、中国流の国家主導型経済体制に移行しつあります。その米国が日本に80兆円の投資を約束させ、しかも「米国は投資先を日本に随時指示する」(合意文書)との表現は、独立国に対するものの言い方としては不適切です。
「日本は独自の裁量で選択はできる。そのような決定をする前に米国と協議をする」(同)とはなっていても、米国が日本の裁量に反対なら「その場合は関税率を日本に対し引き上げる」などとし、まるで日本を脅し、属国扱いをしているに等しい。
大谷選手のような天才的プレーヤーは何百、何千億円という巨額の報酬を米国野球市場における活躍で稼げます。それに刺激され、トップクラスの日本選手は次々に米国に渡っていきます。日本野球はマイナーリーグ(二軍戦)化し、メジャーリーグの育成選手の養成所となります。そういうことが日本産業、企業側に起きるでしょう。
主要な日本企業の年間設備投資は30兆円ですから、トランプ大統領の在任中(2029年1月までの3年半)に要求されている80兆円の対米投資額の規模がいかに大きいかが分かります。
先端部門は米国に流出
しかも投資分野は、半導体、医薬品、金属、重要鉱物、造船、エネルギー、人工知能、量子コンピューターなど次世代の競争力を握る先端部門ばかりです。中にはアラスカ天然ガスの開発のように、日米両国にとって利益になる対象分野もあるにしても、日本国内で開発しなければならない技術分野、企業が米国に移りかねないのです。
将来性のある日本産業、企業は米国で投資をしてそこを戦場とする。日本に取り残されるのは非効率な中小企業、低生産性の零細企業となりかねません。世界で通用する先端企業と国内市場にしか活路がない中小・零細企業に二極化し、社会の分断が進むかもしれません。政府はこの問題にどう取り組むつもりなのでしょうか。
もっとも企業の論理からすれば、活気に乏しい国内市場でなく、競争を勝ち抜けば世界的企業に飛躍できる海外市場の活路を見出していかざるを得ません。優れた人材も米国への技術移転の流れの中で、国外に流出する。
企業の論理と国家の論理の離反
こうして企業の論理(国際市場における競争と飛躍)と国家・政府の論理(社会インフラの整備、社会保障、国民生活の安定)の利害関係が離反していくのは、必然的選択なのかもしれません。政府、国会はどう考えているのか、伝わってきません。もう米国と一心同体でいくしかないと、交渉に携わった赤沢経済再生相、石破首相は考えたのかもしれない。
安全保障も輸出先市場も米国に過剰に依存してきた日本ですから、今回の合意には、日米関係にとって好ましい点はあるでしょう。海外拠点の拡大、米国市場における技術・資本交流は日本企業のレベルアップにつながるかもしれませんし、日米貿易摩擦の回避、関税負担の軽減などはプラスになる。
細部をみればそうかもしれない。ただし、もっと大きな視点から、日米同盟関係の歴史的変化、それに連動する日本社会の歴史的変化を深く考察し、対応策を考える必要があります。
編集部より:この記事は中村仁氏のnote (2025年9月5日の記事)を転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は中村仁氏のnoteをご覧ください。