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クレムリンのペスコフ報道官は8日、西側諸国の制裁が「ロシアに圧力をかけるという点では全く役に立たないことが判明した」「いかなる制裁もプーチン大統領が繰り返し表明してきた一貫した立場を変えさせることはできない」と強調、ロシアは政治的・外交的手段を通じて目標を達成することを望んでいるが、欧州とウクライナが関与を望まないため「特別軍事作戦」を推し進めると述べた。
この声明はトランプ大統領が前日に、ロシアに対する制裁の第2段階に移行する用意があるとし、ロシアやロシア産原油(以下、天然ガスを含む)購入国に対する制裁強化を示唆したことへの反応だ。が、ペスコフ氏の弁は、この日に漸く退陣を表明した日本の指導者の構文に似て、述べる内容と現実に起こっていることとの間に大きな乖離があり、語るほどその窮状が露わになるように、筆者には聞こえる。
米国とEUの当局者は9日、プーチン氏に圧力をかけるべく、トランプ氏が中国とインドに100%の関税を課すようEUに求めたことを明かした。EUの外交官によれば、EUが応じれば米国も同様の措置を取る考えを示したという(『ロイター』はEUと書くが、英国を含む欧州とすべきだろう)。この米国の求めは、ロシア産原油の輸入でロシア経済を支え、戦争を継続させている中国とインドへの二次制裁を欧州と協調して本格化したいトランプ氏の意思の表れだ。
トランプ氏は同じ9日、自身のSNSへの投稿で、インドとの関税交渉を継続していると明らかにし、数週間以内にモディ首相と協議するのを楽しみにしていると述べた。交渉が「成功裏に終えることは難しくないと確信している」とも記している。トランプ氏は先週、インドが米製品への関税をゼロにする提案をしてきたと明かしたが、8月27日に50%に引き上げた米国のインドへの対応は留保したままだ。
モディ氏は8月末からの上海協力機構会議に参加し、習近平氏やプーチン氏と会談した。が、9月3日に北京で行われた「抗日戦勝80周年パレード」には出なかった。非同盟・全方位のインドらしい外交姿勢と思う。が、トランプ氏による欧州を巻き込んでの対ロシア二次制裁は頭痛の種だろう。筆者はトランプ氏に、米国産原油をロシア産と同量・同価格でインドと欧州に供給することを求めたい。
一方、インド同様に二次制裁対象である中国は、前記パレードにタイミングを合わせて、モンゴル経由でロシアから中国に天然ガスを送るパイプラインに係る2件の合意をガスプロムと行ったとされる。既存の「シベリアの力」ルートを通じた供給量を現在の年間380億m3から440億m3増やす合意、及び新たに「シベリアの力2」を建設し、年間500億m3の天然ガスを30年間供給するという合意だ(9月2日の「ブルームバーグ記事」)。
この記事のネタ元はガスプロムのCEOアレクセイ・ミラー氏だとあり、「中国政府はミラー氏の発言の詳細をまだ確認していない」が、会談を報じた『新華社』は「パイプラインについては具体的に言及しなかったが、両国がエネルギー分野を含む20以上の協力協定に署名したと報じた」と記している。
また記事は、ミラー氏の発言にはいくつかの疑問が残るとも述べている。すなわち、価格交渉が未完了であること、中国の購入数量に柔軟性があるのか or 全量の購入義務があるのか、建設時期と供給開始時期、そして財務上の詳細等々、具体的に何も明らかにされていないというのである。
ところで、中露の弱点には各々定説がある。ロシアの弱点は、豊富な石化資源と農作物を生む広大な土地があるが、工業化技術が不足する点であり、また中国のそれは、工業化技術の進歩には著しいものの、エネルギー資源と農作物を自給できないというもの。「シベリアの力」はこうした両国の利害を一致させる訳だから、この悪の同盟関係を崩すのは容易ならざることであろう。
見方を変えれば、この両国とインドをコントロールするファクターが原油であることは明白だ。だからこそ、トランプ氏の欧州に対する中国・インドへの二次制裁呼び掛けは的を射ているのである。インドと欧州にはロシアに代わって米国が原油を供給するとして、肝心の中国へはどうするべきかといえば、下記の通り成り行き任せにすれば良い、と筆者は考える。
すなわち、ロシアへの原油依存度を過度に高めることは、中国にとってリスクになる。が、ロシアは、たとえ損益分岐点(60ドル/バレルとされる)を下回っても量を売りたいはずだ。仮にインドが米・EUの二次制裁に屈して購入を減らした暁には、中国依存度を更に高めざるを得ない。中国も、サウジやイランやベネズエラより格段に安く買えるロシア産を減らすのは、目下の経済状況からして容易でない。
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そこで目下の原油価格の動きだが、これがまた実に判り難い。8日朝6時28分に『NHK』は、「OPECプラス 10月も原油増産へ 価格さらに下落するとの見方も」との見出しで次のように報じた。
国際的な原油取り引きの指標となるWTIの先物価格は、9月5日にはアメリカ経済の減速で需要が落ち込むとの見方から一時、およそ3か月ぶりに1バレル=61ドル台半ばまで下落していて、市場では、低下傾向にある原油価格がさらに下落するとの見方も出ています。
バレル61ドルはロシアにとって採算すれすれの価格だ。が、OPECプラスのうちサウジらロシアなど8カ国が7日、10月の原油生産量を日量13.7万バレルに増やすというのだ。『NHK』記事には「原油の在庫が低い水準にあり世界経済の見通しが安定していることが理由」ともあり、需要が減るのか増えるのかはっきりしない。供給が増えれば、値が下がるのが道理だが、だとしてもロシアは量が欲しいということだろう。
10日の『ブルームバーグ』も、こうした減産解除・増産ペースの加速は、インフレ抑制やロシアへの圧力を目的に原油安を求めてきたトランプ氏にとっても好都合となる、としている。また記事は、サウジのムハンマド皇太子が11月にワシントンを訪問し、トランプ氏と会談する予定だとも伝えている。
そうかと思えば、同じ9日19時11分に『ブルームバーグ』は「原油上昇、バレル66ドル台回復-OPECプラスが供給拡大に慎重姿勢」との見出し記事を配信した。
北海ブレント原油は先週、供給拡大観測を手掛かりに約4%下落した。8日は1バレル=66ドル台に回復。また、EUがウクライナでの戦争終結に向け、ロシアの銀行やエネルギー企業に対する新たな制裁措置を検討しているとブルームバーグが報じたことも支援材料となった。OPECプラスは10月に日量13.7万バレルに増産する計画だが、増産ペースは直前2カ月の規模を下回る。
片や米国の指標であるWTIの先物価格、此方欧州の指標である北海ブレントの足元の価格という差はあるが、この価格の差がどうして生じるか、素人の筆者にはよく判らない。が、いずれにせよロシアによるウクライナ侵攻直後にバレル120ドルに迫り、23〜24年には70ドルと90ドルの間を行き来していた原油価格が、ここへ来て60ドル台に下落しているのは、ロシアにとって痛手に相違ない。
その証拠に10日の『ロイター』は、ロシア財務相が9日、財政赤字の拡大に対応すべく、国内市場での借入を予定より増やす方針を示したと報じた。今年予定していた借入4.8兆ルーブル(約575.5億ドル)のうち4.2兆ルーブルは借入済という。記事には、ロシアは制裁により西側の資本市場から締め出され、国内の高金利、ルーブル高、資本市場の流動性不足が借入能力を制約している、とある。
インドは22年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア産原油の購入を急激に増やし、今や中国とほぼ肩を並べていて、両国のロシア原油購入量は生産量の7割超と見られる。両国の相違点は、中国が主に自家消費であるのに対し、インドは精製品の欧州輸出が主であることだ。トランプ氏がインドと欧州に米国産原油を供給すべき、と筆者が述べる理由はここにある。
トランプ氏は5日、「モディ首相とはいつまでも友人だ。彼は偉大な首相だ。これからもずっと友人であり続けるだろうが、今の彼の行動は気に入らない」「ロシアから多くの石油を買っていることに非常に失望しており、そのことを伝えた」とする一方で、「インドと米国は特別な関係だ。懸念することは何もない。ただ時折、そういう場面があるだけだ」とも述べた。
これ応えてモディ氏は6日、「トランプ氏の気持ちと両国の関係に対する前向きな評価に深く感謝し、全面的に応える」と表明、インドと米国は「非常に前向きで、将来を見据えた包括的かつ世界的な戦略的パートナーシップ」を築いているとSNSに投稿した(以上、7日の『ロイター』)。
石破氏や李在明氏と比べ、あのトランプ氏をしてもプーチン、習、モディの3氏が如何に強かな相手であるかを垣間見る思いだ。そして彼らと伍していた安倍晋三氏の死を、また惜しむのである。きっとモディ氏を説得し、ロシアを干上がらせる裏方を務めたことだろう。