求められる「言葉の非武装化」:チャーリー・カーク氏射殺事件の背景

米保守派政治活動家チャーリー・カーク氏(31)が10日、米西部ユタ州オレムのユタバレー大学でのイベントで演説中、22歳のタイラー・ロビンソン容疑者によって射殺された事件は米国内ばかりか、世界にも大きな波紋を投じている。

カーク氏の死を報じるドイツ民間放送ニュース専門局ンnNTVからスクリーンショット

正直いって、射殺犯人が約180メートル先のカーク氏を一発で射殺して逃げたということを聞いて、「これはプロの狙撃手(スナイパー)の仕業だ。180メートル離れたターゲットを一発で的中させることは難しい」という思いが沸いてきた。「何者かに雇われたスナイパーか元軍人が冷徹に計画した射殺事件」という印象だった。

その後、放映された監視カメラに映る容疑者の行動をみていると、男は逃げる際、犯行に使用した自動小銃(ライフル)をすぐ見つかる森の中に隠し、FBIに発見されたという事実、また、射撃現場に犯人のものとみられる小品が残されていた等々が分かってくる。自分のDNAが付いた小品を犯行現場に残すプロの殺し屋はいない。180m先を的中できる「射撃能力」とその後の「行動」のチグハグさだ。”プロ級の射撃能力を有する若者の犯行”といった感じだ。

外電で報じられるロビンソン容疑者のプロフィールによると、「容疑者は西部ユタ州出身。州南部のディキシー工科大学に通う3年生で、電気技師の課程を受講していた。2021年には優秀な成績で奨学金を得てユタ州立大学に一時在籍していた。容疑者は有権者登録はしていたが、どの政党にも属していなかった。当局によると、家族はロビンソン容疑者が近年『政治的になっていた』という。犯行に使用したと思われるライフル銃と共に回収された薬きょうには、反ファシズム思想などを示唆する文言が刻まれていた」(時事通信)という。

カーク氏については、トランプ米大統領の再選に貢献した活動家という情報が流れている。カーク氏は2012年、保守派政治団体「ターニング・ポイントUSA」を創設し、政治信条や意見の異なる人とも積極的に討論を重ねてきた。保守的な若者に絶大な人気があったという。米国内だけではなく、海外でもカーク氏の死を追悼する若者たちの姿が放映されていた。

以上から、事件は保守派活動家を憎悪する左派の犯行といった構図が浮かび上がる。トランプ氏は容疑者がまだ拘束される前から「犯行は極左グループだ」と断言していた。実際、米国社会は今日、共和党と民主党、極右と極左の対立の様相を深めている。特に、トランプ大統領時代に入って、その対立はエスカレートしてきた。

共和党支持者や保守派は民主党主導のリベラルな政治信条を批判、キャンセル文化、過剰なジェンダーフリーなどの風潮に激しく抵抗してきた。その先頭にたつトランプ氏は「人間は男と女の2性だけだ」と宣言するなど”常識革命”を推し進めてきている。

残念ながら、米国社会の分裂がカーク氏射殺事件を引き起こしたといえるかもしれない。いずれにしても、「言論の自由」は銃では弾圧できない。意見の違う人間の口を塞ぐために殺害することは絶対に容認されない。

言論を「言葉」に言い換えるならば、「言葉」が本来、人を殺すことはない。しかし実社会では「言葉」が契機となって殺人事件が発生している。イエスは「人の口に入るものは人を汚さないが、人の口から出るものが人を汚す」(「マタイによる福音書」第15章)と述べた。「言葉」はナイフより鋭利であり、相手の心を傷つける場合がある。普通の怪我ならば数日で癒されるが、相手が発した「言葉」が心の中に深傷として残ることがある。「言葉」が憎悪、敵意、嫉妬から誘発されていた場合、その「言葉」は非常に危険な武器となる。

トランプ氏はカーク氏の死が伝わると、大統領執務室で撮影したビデオメッセージを公開し、「何年もの間、過激な左派はチャーリーのような素晴らしい米国人をナチスや世界で最悪の大量殺人者になぞらえてきた。こうした言説こそが、今日起きたテロの原因だ」と述べている。

「言葉」は人を殺すこともあるが、人を鼓舞して再生させる力も有している。どちらを選択するかはその人の責任だ。新約聖書「ヨハネによる福音書」の最初の書き出しに、「初めに言(ことば)があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった」と記述されている。「言葉」、ロゴスは本来、新しいものを生み出す原動力だった。それがいつの間にか、人を傷つける武器となってきたわけだ。「言葉の非武装化」が求められる。

ライブ配信で演説する妻のエリカ・カークさん


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。