ドイツのメルツ首相は18日、首相就任して以来初めてスペインを訪問し、サンチェス首相らと会談した。マドリードのモンクロア宮殿での会談後の記者会見では、ドイツとスペインのイスラエル政策の相違が改めて浮かび上がった。
メルツ首相、スペインのサンチェス首相と会見 2025年9月18日 独連邦首相府公式サイトから
ガザ戦争をめぐって、イスラエル批判の先頭に立つスペインのサンチェス首相は「明らかにイスラエル側のジェノサイドだ」と厳しく批判する一方、メルツ首相はパレスチナの人道的状況に同情を示しながらも、イスラエルとの連帯を強調、パレスチナ国家の承認問題ではフランスやスペインとは異なり、慎重な立場を貫いている。
ドイツの場合、イスラエルに対して無条件で支援するという国家理念(Staatsrason)があって、それがドイツの国是となってきた。その背景には、ナチスドイツ軍が第2次世界大戦中、600万人以上のユダヤ人を大量殺害した戦争犯罪に対して、その償いの意味もあって戦後、経済的、軍事的、外交的に一貫としてイスラエルを支援、援助してきた経緯がある。メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していった。
メルツ首相は、ガザ地区の人道状況と、イスラエル軍によるガザ市への地上攻撃について、「我々は深い懸念を共有している。パレスチナ人の人道危機は受け入れることはできない」と批判。実際、ドイツは8月8日、イスラエルへの武器輸出を一時停止すると発表している。ただし、欧州連合(EU)の欧州委員会が進めているイスラエル制裁については、メルツ首相は同意していない。
一方、スペイン政府はアイルランドと並び、ガザ紛争に関して、欧州諸国の中で最もイスラエル批判が強い。サンチェス左派政権は2024年、パレスチナをいち早く国家承認した。サンチェス首相は15日、イスラエル軍の軍事蛮行が停止されるまで、欧州内でのスポーツ、文化競技(例・次期ユーロヴィジョン歌謡祭)からイスラエルの参加除外を求めている、といった具合だ。
ところで、なぜスペインは他の欧州諸国の中でもイスラエル批判を強めているのか。考えられる理由の一つは、スペインにはイスラム教文化が歴史的に根付いていることだ。
スペインの位置するイベリア半島は、約800年間にも及ぶイスラム教の支配を受けてきた。西暦711年のイスラム勢力のイベリア半島侵攻から始まり、イスラム王朝の支配下で独自の文化が形成された。イスラム教徒、キリスト教徒、そしてユダヤ教徒が長期間共存し、多様な文化が入り混じり、盛んな文化交流が生まれ、後世のルネサンスの土台となった、といわれている。その結果、スペインにはパレスチナ人などイスラム系民族に対して敵対心は少なく、むしろ歴史的な親密感が定着していったのではないか。
しかし、1492年にキリスト教国家であるスペインがイスラム王朝最後の拠点グラナダを陥落させ、レコンキスタ(国土回復運動)が実現し、スペインはキリスト教国家として統一されていく。
ちなみに、スペインでは今日、イスラム教徒の数はローマ・カトリックに次いで第2の宗教で、全人口の約2.5%を占める。ドイツでは2020年時点でイスラム教徒の割合は人口の4.6%から6.7%と推定されている。ドイツのほうがイスラム教徒の数では圧倒的に多い。
参考までに、スペインと共にイスラエルに対して厳しい政策を実施するアイルランドの場合、事情は少し異なる。フランスの「ル・モンド・デイプロマティ―ク」5月号は「アイルランドは、パレスチナ・イスラエル戦争の当初から、パレスチナ支援を表明している。英国による植民地の歴史が長く、イスラエルの抑圧を被るパレスチナに自らの姿を投影して共感を抱いているからだ」と解説している。
なお、アイルランドは2024年5月22日に、ノルウェーおよびスペインと並んでパレスチナ国家を承認し、2025年1月6日には国際司法裁判所(ICJ)にジェノサイドでイスラエルを提訴した南アフリカに同調することを決めている。
いずれにしても、ドイツ、スペイン、アイルランドの3国に共通している点は、自国の「歴史」がイスラエル政策に投影されている、ということだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。