25年9月12日、新施設“ニュウマン高輪”内に一風変わった書店がオープンした。株式会社ひらく(取次大手 日版の子会社※)が運営する「BUNKITSU(文喫)TOKYO」である。同社が運営する業態「滞在型書店 文喫」の4店舗目にあたる。
※)日版=日本出版販売株式会社(以下 日版)
日本出版販売株式会社プレスリリースより
特徴は「入場料(利用料)」がかかることだ。料金は、1時間あたり1100円。珈琲・煎茶・紅茶などは、フリードリンク制。カフェラウンジに置かれている書籍は、購入前であっても読むことができる。選書はかなり特徴的だ。一つの棚に以下の本が並んでいる。
筆者撮影
■『言い訳』(塙宣之/著 集英社)
「笑い脳」に侵された男が現代漫才論を語る。■『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(金井真紀/著 岩波書店)
「解決策は一つではない」を意味するタイトルの他、世界36カ国のことわざを紹介する。
■『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(川原繁人/著 朝日出版社)
「おっけーぐるぐる(OK、Google)」「バミトントン(バドミントン)」など、子どもの言い間違いについて解説する。
■『言語学バーリ・トゥード』(川添愛/著 東京大学出版会)
ラッシャー木村の「こんばんは」になぜファンはズッコケたのか。異常と普通の切り口で論じる。
■『言語と呪術』(井筒俊彦英文著作翻訳コレクション)
( 井筒俊彦/著 慶應義塾大学出版会)
言語は、世界を秩序づけるとともに秩序を根底から覆す力を持つ、と論じる。
一見、関連がわかりにくい。だが、手に取って読んでみると、興味を誘発させる配置であることに気づく。一方、カフェラウンジ以外のエリアは、平置きや企画展示などゆったりとした配置が目立つ。
なぜ「ゆったり」に見えるのか。「BUNKITSU TOKYO」の蔵書数はおよそ10万冊。(多そうに見えるが)他店と比べると圧倒的に本が少ないからだ。例えば、「ジュンク堂書店 池袋本店」は150万冊。同ジュンク堂の「梅田店」は200万冊にのぼる(ちなみに、公共図書館平均でさえ13万5千冊と、BUNKITSU TOKYOを超えている)。坪当たり冊数で比較すると、
・「BUNKITSU TOKYO」=100,000冊/1,000坪=1坪あたり100冊
・「ジュンク堂書店 池袋本店」=1,500,000冊/2,000坪=750冊
・「ジュンク堂書店 梅田店」=2,000,000冊/2,060坪=971冊
BUNKITSU TOKYOは、ジュンク堂の「七分の一」か「九分の一」でしかない。書店としては「スカスカ」なのだ。よって「効率的に本を買ってもらうこと」が目的ではないことがわかる。
ゆったりとした配置、興味を誘発させる棚づくりで、店内を巡らせ、
「本と接してもらうこと」
が目的なのである。これは、取次大手日版の子会社である「ひらく」が、書店事業を手掛ける所以でもある。
二つの潮流
今、出版業界では二つの大きな改革が進んでいる。一つは、業界内の構造改革だ。出版社や取次・書店が連携し、取次を介さない「直仕入れ※1)」や「返本率低減」など効率化を図る。もう一つは、書籍マーケットの拡大である。文喫のように本と接する場を作り、本を読む人そのものを増やそうという試みである。
※1)「直仕入れ」の場合、取次は物流だけを担う
ひらくが文喫と平行して手掛けるのが「ブックホテル 箱根本箱」だ。
一休 「箱根本箱」プレスリリースより
箱根本箱は「本に囲まれて『暮らす』ように滞在」をコンセプトに、本との出会いの場を提供するホテルである。蔵書数は1万2千冊。本はインテリアではなく実際に購入できる。
特徴は、各界の本好きが選んだ本を収めた「あの人の本箱」が、全ての客室内と、館内のあちこちに設置されていることだ。選書したのは、林真理子・綿矢りさ・森見登美彦ら作家をはじめ、隈研吾・角川春樹といった著名人80名。「この人が何を読んでいるのか知りたい!」と思わせる面々が名を連ねる。
一休 「箱根本箱」プレスリリースより
加えて、テレビ無し・子供の宿泊お断り※2)・全館禁煙※3)という、本をじっくり味わえる環境を整えている。
これが奏功し、5~8万円程度という高めの料金設定にもかかわらず、80~90%の高い稼働率を維持している。宿泊客の7割が、棚の本を読むだけではなく購入して帰るという。
成立しないビジネスモデル
とはいえ、ひらくの手掛ける事業が「書店」ビジネスとして成立しているわけではない。文喫の利益の7割を占めるのは入場料であり、箱根本箱の収益源は宿泊・飲食が大半を占める。
書店ビジネスの状況に危機感を抱いているのは、他ならぬ「国」である。国が「基幹産業」と位置付けるアニメや映画などコンテンツの源泉が「本」だからだ。
「書店の売上を伸ばしていくためには、読書文化や文字・活字文化の活性化を含めた、来店動機を作っていく必要がある」
(書店活性化プラン 令和7年6月10日 経済産業省他)
「私たちはまず、国内の『読まない人に読んでもらうきっかけづくり』を積極的に行わなければなりません」(日本出版販売株式会社 代表取締役社長 平林彰氏)
(「箱根本箱」開業ものがたり インタビューより)
奇しくも、官民とも同じ結論にたどり着いた。果たして、書店は活性化するだろうか。書籍マーケットは広がるだろうか。
【注釈】
※1 カフェラウンジ以外の利用は無料だが、販売されている書籍は、購入後でなければ読むことはできない
※2「原則的に小学校高学年に満たないお子様のご宿泊はご遠慮いただいております」
箱根辞典
※3「タバコを吸った場合、清掃料と営業保証料として2日分のルームチャージを頂戴いたします」
箱根本箱 [一休.com]