賃金の上がらない原因は「正社員の過剰保護」

池田 信夫

自民党総裁選では、候補者がそろって賃上げを約束しているが、どうやって政府が民間企業の賃金を上げるのか。何も具体的な説明がない。小泉進次郎候補は「平均賃金を100万円増やす」という公約を掲げたが、名目賃金はインフレにすればいくらでも上がる。何の意味もない。

生産性は上がっているのに実質賃金が上がらない

日本の賃金が異常に低いことは事実である。その一つの原因は成長率が低いことだが、労働生産性は(G7では最低だが)それなりに上がっている。問題は実質賃金がこの20年ほとんど上がっていないことだ。これはOECDでも最低の異常な状況である。

生産性が上がっているのに、賃金が上がらない原因は何か。この一つの原因は、非正規労働者の増加である。1990年代以降の労働者派遣法などの改正で非正規労働者が増え、今では4割になった。正社員を採用しないでパート・アルバイトを使ったので、平均賃金が下がった。

もう一つの原因は、正社員の賃上げ自粛である。1990年代以降の不況の中で雇用が危うくなり、賃上げすると企業収益が悪化して雇用が危うくなるので、労働組合は賃上げ要求を自粛したというのが渡辺努氏の説明である。

非正規との競争で正社員の賃金も上がらない

しかし労組はなぜ賃上げ要求を自粛するのだろうか。その答は、小泉氏が昨年の総裁選で問題提起した解雇規制である。労働組合は一度採用されると定年まで雇用が保障されるので、私的な雇用保険に入っているようなもので、正社員はその保険料を会社に払っている。

この保険料は、雇用が危険にさらされると高くなる。非正規が増えると、大企業の中で正社員と非正規の競争が起こり、正社員の賃上げ要求はむずかしくなる。日本は完全失業率は低いが、非正規の比率は一貫して上がっている。この不完全失業率が上がったため、実質賃金が上がらなかったのだ。

たとえば外食産業が機械化されると、パートでも店長がつとまるので、正社員の賃金が上がるとパートに代替されてしまう。労組は「正社員ギルド」なので、その特権を守るために賃上げを自粛するのだ。

現行法でも正社員は解雇できる

つまり正社員の特権を守るために賃上げを自粛し、それがデフレを招いて賃上げできない状況をもたらしたのだ。この悪循環を打破するには、昨年の総裁選で河野太郎氏が提案した解雇の金銭解決が必要である。

しかし民法では、今でも解雇自由である。外資系企業では「訴訟を起こさない」という誓約書を取る代わりに退職金を上積みして解雇する。厚労省は「裁判の和解金しか認めない」という行政指導をしているが、これには法的根拠がない。現に外資はみんな裁判なしで解決金で解雇している。

日本企業の「肩たたき」も実質的には指名解雇だが、それを希望退職としてやらなければならないことが雇用調整を困難にしている。だから政府が「日本の大企業も外資のように退職パッケージでを払って解雇してもいい」と宣言すればいいのだ。これによって正社員を解雇するコストも中途採用するコストも大幅に軽減され、賃金は上がり、人手不足も解消するだろう。