日本ではほとんど話題になっていないが、9月22日にトランプ大統領が妊婦がタイレノール(主成分はアセトアミノフェン・解熱鎮痛剤)を服用すると自閉症のリスクが高くなるとコメントして以降、米国では大騒ぎになっている。
Nature誌のNew欄だけでも、
9月23日には「Trump team backs up an unproven drug for autism-but does it work?」9月26日には「What happens if pregnant women stop taking Tylenol?」と「US autism research gets $50 million funding boost-amid row over Tylenol」の2本の記事がNews欄に登場している。
ランプ大統領 ホワイトハウスXより
23日の記事はトランプチームがあまり根拠なく、ロイコボリンというメソトレキセート(抗がん剤として利用されているが、最近では関節リウマチの治療薬としても利用されている)の副作用を抑える薬剤を自閉症の薬として推奨したため、これも問題となっている。
ロイコボリンは、葉酸というビタミンの元となる。葉酸は緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー、小松菜、芽キャベツなど)、豆類、レバー、海藻などに豊富に含まれているので、偏った食事をしない限り不足はしないが、野菜を取らない妊婦では葉酸が不足していると報告されている。
妊娠初期に葉酸が不足すると、胎児の脳や脊髄の先天異常のリスクが高まることが知られており、確定的ではないが自閉症のリスクを報告したものもある。シカゴ滞在中に妊娠した私の弟子たちは、多くが葉酸をサプリメントとして摂取していた。
ロイコボリンを服用すると自閉症の症状が改善したという報告もあるのだが、米国FDAの承認を得るには至らないような小規模研究であった。しかし、トランプのイエスマンで固めた周辺はFDAの承認を得る方向で動いているようだ。もちろん、医師や研究者たちは反対意見を表明している。
Nature誌にコメントを寄せた人たちは、必要な量や安全性が確認されていないし、みんなに効くわけではいないので、大規模試験をするまで待つべきと言っているのだ。しかし、すべての人に効く薬などこの世には存在しないし、すでにアプリメントとして販売されているので、反トランプ的に誘導しようとしている印象を持った。
自閉症で今困っている患者や親にとっては、何年も待つわけにはいかないし、サプリメントで売られているなら、ある程度の安全性情報はあるはずだ。少数例の試験でも、一部に科学的に効果が評価されているなら、藁にすがってもいいと思う。余命3-6か月のがん患者さんに、安全性や効果が確認されていないと否定する、エビデンスという名を妄信している医師を多く見てきた(患者さんに黙って死ぬのを待てと言っているのと同義語だと感じないのだ)が、統計学的に数か月命が延びるエビデンスを重要視するよりも、効く人と効かない人を識別するエビデンスを見つける方が重要になってきた時代がそこに来ている。
記事の3つ目は自閉症研究に70億円超が支給されるという記事だが、タイレノールを目の敵にする意図が今ひとつ不思議だ。「What happens if pregnant women stop taking Tylenol?」は、発熱している妊婦が高熱のまま放置されると胎児のダメージが大きくなるし、他の解熱鎮痛剤がタイレノールよりも安全であるという証拠はないので、高熱が出た場合にはタイレノールを服用すべきだと解説されている。
エビデンス=有意な統計差だけの時代ではない。統計よりも目の前の患者さんを診る力を身に着けることが大切だ。
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編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2025年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください