当方はこのコラム欄で「私たちの中に潜伏する『共産主義の亡霊』」(2025年9月1日)という記事を書いた。 21世紀で依然、国家が共産主義を掲げている国は中華人民共和国、キューバ、ラオス、ベトナム、そして朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)などごく限られているが、欧州で「マルクス」という言葉をここにきて結構、聞くようになった。そそっかしいメディアは「マルクスが蘇った」と報じていたが、マスクス・エンゲルスが構築した共産主義世界観に共鳴する国民が増えたわけではない。ウィーンの哲学者リシュ・ヒルン(Lisz Hirn)氏はメディアでのインタビューの中で、「新共産主義者は慈善活動に力を入れている。その無私無欲さは中世の巡回説教者を彷彿させる」と表現している。「新共産主義」の登場だ。
トランプ大統領 ホワイトハウスXより
そして、オーストリアのトビアス・シュヴァイガー共産党報道官のような新共産主義者は、「公平な社会的負担の分担」を呼びかける。「生産手段」の破棄、私有財産の社会的所有化などは絶対にテーマにしない。参考までに、オーストリア共産党では、「資本論」も「共産党宣言」も党員の必読書ではないという。
新共産主義とは欧米では「文化マルクス主義」ないしは、「文化共産主義」と呼ばれている。「文化マルクス主義」は米国で生まれた政治用語だ。彼らはマルクス・エンゲルが唱えた共産主義世界は国家レベルではもはや実現できないことを受け、文化世界での共産化を密かに進めてきているというのだ。日本では文化共産主義は左派メディアや官僚の一部に浸透し、その勢力を広めている。
ところで、共産主義の思想体系、労働価値説、階級闘争などは既に理論的に破綻しているが、共産主義自体は21世紀に入っても消滅していない。「共産主義の亡霊」は「文化共産主義」として生存してきているのだ。そして「共産主義の亡霊」は現在、冷戦時代の勝利国・米国で最終的な戦いに挑んでいる。オピオイド系鎮痛剤フェンタニルなど薬物を拡大し、神を忘れさせ、物質的欲望を最大の喜びとし、人間の心を汚す一方、フェミニズム、過激なジェンダーフリーを広げ、放縦な自由、キャンセル・カルチャーなど、‘文化戦争‘を展開させている。この思想の源流は怨みと復讐の思想である共産主義にあるというわけだ。
「文化共産主義」の思想体系は、1930年代のナチス時代にドイツから米国に移住した、ヘルベルト・マルクーゼやテオドール・W・アドルノといったユダヤ人哲学者の小グループによって創設された。1920年代のドイツに登場したマルクス主義者の学者グループ・フランクフルト学派を代表する彼らはニューヨークのコロンビア大学に拠点を置き、経済システムではなくアメリカ文化に焦点を当てた非正統的なマルクス主義を展開させていった。
ドイツの政治学者トーマス・グルムケ氏によると、このグループはアメリカの新右翼からは「アメリカ人に罪悪感を抱かせ、キリスト教文化を破壊しようとする陰謀家だ。1970年代以降、政治的左派によって計画され実行されてきた、アメリカの生活様式に対する秘密の攻撃である」という。
そして「文化共産主義」の最終ターゲットは家庭の崩壊だ。過激なジェンダー運動や薬物・麻薬の拡散はその典型的な手段だ。人間はもはや男性と女性の2性だけではない。それぞれの性指向によって自由に決められるとし、トランスジェンダー、性転換などが堂々と行われる。教育の現場では「多様性、公平性、包括性」(DEI)が叫ばれてきた。
トランプ米大統領は就任早々、「性別は男性と女性の2性に限られる」と宣言し、伝統的家庭の保護を打ち出す「常識革命」を推進してきた。米国内で広がる「文化マルクス主義」への防御であり、行き過ぎた個人主義ではなく家庭を大切にする価値観の復興を呼び掛けている。
ところで、「文化共産主義」は、文学的に表現すれば「共産主義の亡霊」と呼べるが、その源流は私たちの中にあるから、「文化共産主義」との戦いは死闘とならざるを得ないわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。