
先日元AKB48でタレント、実業家の板野友美さんが『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)に出演し、引っ越したばかりという新居を公開した。番組の中では家賃が月額110万円以上であることも番組で語られた。
その内容が広さは220平米で47畳のリビング、ズラリと棚に並べた大量のバーキンなど、あまりに豪華な高級マンションでの暮らしぶりだったことで、「家賃がムダ」「買えば良いのに」「見栄っ張りにもほどがある」「無駄遣い」「わざわざ見せなくていい」などの批判が殺到している。
このように勘違いをした贅沢批判は、なぜ高い家に住む必要があるのか、その理由が理解されていないからだろう。
パワーカップルから住宅購入の相談を多数受けているファイナンシャルプランナーの立場からみれば、タレントと野球選手の夫婦が高級賃貸に住むことは全く無駄遣いでなく、むしろ極めて合理的で正しい判断であると言える。
合理的と断言するその理由をFPとして解説したい。
高級マンションで安全を買う
筆者が調べた限り板野友美さんの年収や年商は非公開だが、社長として経営するアパレルブランドの売上は数億円であるとも報じられている。会社からいくらの給料を受け取るかは自身で決める事になるが、生活費は夫と折半しているということなので同年代の女性より何倍も高いことは間違いないだろう。
夫で野球選手であるヤクルトスワローズの高橋奎二さんは昨年12月に年俸5800万円で契約更改にサインしている。
両者とも収入が高く共働きのパワーカップルという事になるが、いくらなんでも家賃110万は高過ぎと感じる人は多いかもしれない。それでも妥当な判断であるとFPとして判断する理由は二人の職業が特殊だからだ。
どんな人でも安全に暮らせることは生きていく上で最低限の条件だが、二人にとって「安全を確保すること」は収入を維持するための必要条件でもある。
普通の人ならばオートロックがついていたら安心、という程度で済むかもしれないが、夫婦とも人前に出る仕事である以上、中にはおかしなファンや付きまとい、ストーカー、更には週刊誌の記者まで警戒する必要がある。
高いマンションはエレベーターの停止階にも制限がある。
高級マンションであればオートロックはもちろん24時間のフロント常駐、警備員配置などセキュリティ体制が整っていてプライバシーも守られる。筆者が訪れたことのあるマンションでは、エレベーターもセキュリティが施され目当ての部屋があるフロア以外には降りられない物件もあった。
このような入場規制は、大量のサーバーを設置して情報を保存しているデータセンター等では当たり前のように行われている。不審者を入れない、近づけない事はセキュリティの基本だ。共連れと言って住人の解錠で一緒に入れてしまうような一般的なオートロックでは到底安心できない。
これは決して無駄遣いではなく「安全にお金を払っている」ということだ。
試合の前に、あるいはコンサートや番組出演の前に、おかしなファンに付きまとわれて被害を受けたり、実害がなくともそんな状況にでもなれば集中力を乱されてパフォーマンスの水準が落ちる、あるいは警察を呼んで事情聴取で時間を取られてしまう、自分だけならまだしもパートナーと子どもは安全でいてほしい……。
こういったリスクを考えれば収入を得るためのコストとして高級マンションの家賃は必用経費と言える。
家賃110万のマンションは買えば最低3億円
それでも家賃110万も払うなら買えば良いんじゃない?家賃がもったいないのでは?という疑問もあるだろう。これは買える水準の家と借りられる水準の家は違う、という説明になる。
番組で語られた家賃110万はあくまでそれ以上という事のようだが、仮に110万と仮定すれば同じ部屋を買うといくらになるだろうか?
筆者の場合、物件価格の目安は年間家賃の20〜30倍程度と説明している。月110万円なら年間1320万円、そこから計算すると2.64億〜3.96億円程になる。これは不動産投資の一般的な利回りである約3%~5%という数字から(かなり)大雑把に逆算したものだ。3%で割ると33倍、5%で割ると20倍といった具合だ。
不動産価格はそこから得られる家賃で決まる。
これが不動産投資の大原則だ。利回りは物件の築年数や場所、そしてその時の金利水準でも大きく変わるが、個々の物件を厳密に調べるのではなく、ざっくりとした判断で良い時はこの計算でそれなりに妥当な数字は出てくる。
今回の物件は都心にあるプレミア物件のように見えるため実際はこの2倍の6億、坪単価にすると1000万程度でもおかしくはない。
一旦仮に3億として、二人の高い収入を考えても3億程度の物件購入は相当な負担であることが分かる。そして都心の高級マンションに住む「必要性」も恐らく期間限定だ。
買う買わないはライフプランで決まる、そして「決める」。
板野さんの今後のライフプラン、ビジネスプランを筆者は知るよしもないが、タレントとしての活動から経営者にシフトをすればファンの付きまとい等のリスクは下がって、そこまで強固なセキュリティは必要なくなるかもしれない。
板野さんは2021年に出産と報じられているので、子どもが大きくなれば更にセキュリティの必要性が下がることも予想される(親と同じくアイドルになればまた別だが)。
現在28歳の高橋選手も、恐らく都心部にある高級マンションは場所としても非常に便利で移動時間の短さはそれだけでパフォーマンスに直結するに違いない。しかしそれも現役として活動する期間は限られているため、老後まで必要か?という事になる。
有名人は人前に出なくなれば良くも悪くも忘れられる事から、引退後はそこら辺を一人で歩いていても特に問題は無いだろう。
このように考えると家賃の高いマンションを今だけ借りる事、買える範囲のもう少し安い家を買うのではなく、多少割高でも便利でセキュリティがガチガチのマンションに賃貸で住む事は合理的な判断と言える。
言うまでもなく必要性がなければ高級マンションに住んだらいけないわけでもない。合理性の視点で見るとこのような説明になるという話だ。
インフルエンサーのビジネスモデルとしても高級マンションは正しい。
セキュリティ云々を言うならテレビで自宅公開なんてバカか?と言う人もいるだろうが、板野さんのようにタレント兼経営者でインフルエンサーとしてのパワーを事業運営に活用しているのであれば、テレビ出演のオファーを断る理由は1ミリもない。
それを目にする人の好き嫌いは別にして、インフルエンサーにとっては自身の生活もまた売り物の一つだからだ。むしろセキュリティとプライベートの披露を両立するために高い家に住むことは正しい。
もっと言えば金持ち自慢ウザっ!と反発するような人はそもそもファンにも顧客にもならないからどうでも良いと判断しているのだろう。
このように家を買うか借りるか?どんな家に住むか?という判断は、仕事も含めてどんなライフプランを送りたいか?で決まる、そして決める、という説明になる。
筆者が見た限り、見える範囲で言えば板野さんと高橋さんの選択は完璧な判断だ。
住宅購入は不動産投資。
とはいえ、そんなに家賃をたくさん払うなら買った方が良いのでは?という指摘については完全に間違いとは言えない。
現在は不動産価格が高騰していて、今後の更なる値上がりを見込んで買うこともひとつの判断と言える。実際、多少無理しても買え、今後は値上がりするんだから、という話はあちこちで目にする。
FPとしては「浅はかですね」の一言だ。
筆者は住宅購入の相談に訪れた人に買うのをやめましょうとアドバイスをする事はほとんどない。なぜなら相談に訪れる人は「買いたい」からわざわざお金を払って相談をしているためだ。
そうであればまずは買うことが良い悪いの前に、どうすれば買えるか、買うとどうなるかを伝える※。その上で夫婦のライフプランとして買うと楽しい人生を送れるか?を一緒に考える。
その段階では住宅の資産価値、つまりは不動産投資としての住宅購入の話も当然含まれるが、筆者としてはハイリスクな運用である「不動産投資」については消極的だ。
※当然、この段階で買えない、買ったら家計が圧迫されて大変、となれば買わない方が良いという判断になるが、そもそもそういう人はほとんど相談に来ない。買っても大丈夫かどうかに不安を感じる「グレーゾーン」の人だけが相談に訪れる。
「投資判断」が必要な住宅購入
自宅兼不動産投資であれば「空き家」になるリスクはないが、「オーナーである自分」に、「借り手である自分」が家賃を必ず払えるかは別の話だ。言うまでもなく収入が下がれば返済は重くのしかかる。
賃貸の引っ越しと、売却を伴う転居は全く労力が違う。好きな時に相場通りの価格で売れるとも限らない。売ればすぐに逃げられる株式投資とは根本的に性質が違う。これを流動性のリスクという。
したがって、住宅購入に投資としての要素を過剰に含めてしまうとその判断は極めて難しくなる。
与信を利用して高いマンションを買え、という人の話は「ここ10年はそれで上手く行きましたけどね、将来は過去の延長線上にはありませんよ」ということになる。
筆者は特に東京の不動産についてはかなり強気なスタンスだが、上手く行くことだけを考えて与信がウンヌンと言っている人を見ると滑稽としかいいようがない。
特殊なケースの判断もライフプランがベースになる。
では、もしタレント兼経営者とプロスポーツ選手の夫婦が筆者の元に相談に来たとしたらどう対応するか?
そしてこれまでの話を全て承知の上で高級賃貸を借りるという合理的な判断をしていて、その上で今借りているものと同じような物件を3億円で買うのは投資としてアリか? かなり高い物件だが大丈夫か?と相談を受けたら、筆者はFPとしてどうアドバイスするか。
ここまで特殊なケースで、なおかつ超高額物件のケースになるとほとんどのFPにとっては全く知らない話で、資格試験でも問われない理解不能、意味不明な領域になってしまう。
むしろ高額物件を販売している不動産営業マンの方が(残念なことに)よっぽど良いアドバイスを出来ると思うが、結局は不動産投資であるという側面を考えれば良いだけだ。
筆者はFPとして家計も保険も住宅も投資もすべてリスクの視点から判断する。この一見すると特殊なケースもリスクの視点で考えれば難しい話ではない。
高額物件はハイリスクハイリターン。
住宅ローンを組んで家を買った場合、返済の原資を生み出すタレント活動も会社経営も野球選手もすべてリスクを抱えている。会社員と比べてハイリスク・ハイリターンであることは間違いない。そこに過剰な不動産投資まで行えばリスクの取り過ぎ、ということになる。
したがって仕事のリスクに加えて運用のリスクも取るのはやり過ぎの可能性があることを説明する。そして「運用面」のリスクが表面化すれば本業であるタレント活動、会社経営、アスリートとしての活動に悪影響が出る可能性も説明する。
これは購入後に物件価格が上がるかどうかといった予想とはまったく関係ない。多額の借金をして投資のリスクを取れるかどうかという話だ。今の仕事に悪影響が出るリスクを考えれば、おそらく買わないという判断になるだろう。仕事より家を優先する人はまずいない。
特に高額物件は不動産市況の影響を受けやすく、一般的な価格水準である「ボリュームゾーン」を大きく外れた物件は値動きが極めて荒い。その理由はそもそも物件数が少ないからだ。現在は値段の高い物件、一等地の物件ほどより値上がりすると言われているように、少し買い手が増えれば価格は急騰する。
裏を返せば少し買い手が減れば、あるいは売り手が増えれば価格は急落する。ボリュームゾーンを外れていれば元々物件の数も売買も少ないのだから当然だ。
この話は不動産投資が失敗した時の最後の逃げ場である撤退、売却時の判断に大きく関わる。なので高額物件は余計に危ない、というアドバイスになる。
自宅兼不動産投資について筆者がアドバイスをするとしたらおそらくこんな話になるだろう。前述の通りライフプランとリスクの視点からの話だ。
不動産投資はビジネスである。
不動産投資を兼ねた住宅購入がここまでややこしい話になってしまう理由は、不動産投資が大規模なビジネスだからだ。これが何千万も借金をして起業する、という話ならば人生をかけたビジネスであることは説明するまでもないと思うが、不動産投資もそれと全く同じだ。
不動産投資はビジネスである。
このように考えると与信がウンヌンという話をバカらしいと書いた意図も理解して貰えるだろう。覚悟もなく軽々しく不動産投資のビジネスを始めるのはやめましょうね、という当たり前の話だ。
もちろん、覚悟を持って不動産投資をやりたいのであればそれは赤の他人である筆者がとめるような話ではない。リスクテイクの判断は本人にしか出来ないしするべきでもない。
普通の共働き夫婦。
板野さんは自身のインスタグラムでも住宅を公開しており、その際には自身のライフスタイルやライフプランについて以下のように語っている。
旦那さんに養ってもらってティータイムって柄でもなく、【自分が手に入れたいモノがあるなら、自らの力で手に入れろ】という、男勝りな考え方で生きてますw(昭和男子?)
私は働くのが本当に大好きで、ただ働くというより、 掲げた目標や夢を確実に叶えていく工程、プロセスが好き。
私たち夫婦は、家賃や生活費、養育費すべて半分ずつ。
「お互いに支え合って頑張る方が、もっと良い暮らしができるよね」って自然にそう決まりました。
板野友美さんの公式インスタグラムより 一部抜粋。 @tomo.i_0703 2025/09/05
仕事にやりがいを感じていること、金銭的な負担も夫婦で分け合うことなど、特に変わった所はなく共働きの夫婦としてはごく常識的な考え方と言える。
一般的な家庭と比べて収入も支出もケタが一つ違うことから反発されているだけと考えれば、インフルエンサー稼業も楽じゃないね〜というのが個人的な感想だ。
※利益相反(COI)の開示 筆者はFPとして不動産会社及び住宅ローンを提供する金融機関との間に、販売、紹介の他、相談、執筆、セミナー等も含めた全ての業務について有償・無償を問わず一切の取引はありません。
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
公式サイト https://sharescafe.com
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2025年9月29日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。






